トラン・ブルー 成瀬正さんインタビュー「しっかりと向き合うことで、よりいいものをつくる」

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』46人目のインタビュイーは高山の「トランブルー」の成瀬正さん。

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。

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しっかりと向き合うことで、よりいいものをつくる
成瀬正さん / トラン・ブルー オーナーシェフ

◇売り場に出さなかったパンをみんなで検証する


スタッフを順番に休憩に行かせていると、自分の食事をする時間はなかなかとれません。なので、パンをじっくりと食べる機会は少ないのですが、いつ食べているのかといえば、売り場に出さずに外したものを食べることが多いです。

 

なぜ外さなければいけなかったかを、みんなで食べて検証するためです。お客さまに少しでもおいしく食べていただけるように、今ある商品の質を向上させたいと思っています。そのために、スタッフみんなで食べて、昨日のパンと何がどう違うか、一日に何回か焼くパンだったら、前回とどこが違うか、改良点は何かを見つけていくことが大切だと考えています。

 

店に出せない理由はいろいろありますが、その多くは焼きかたによるものです。手で持ち上げたときに軽すぎれば、「水分が飛びすぎてスカスカになっているかな」とか、重すぎれば、「おそらく口どけが悪いだろうな」とか。一見、普通に焼けているようでも、さまざまな方向からパンを見つめると、店には出せないものが出てきます。売り場に並ばないパンから学ぶことが、たくさんあるわけなのです。

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テレビなどのマスコミで取り上げられるのが、クロワッサンやデニッシュなどのヴィエノワズリーが多いためか、そうしたパンを目指して来られる方が多かったのですが、最近はハード系をお求めの方もずいぶん増えてきました。

他県から何時間もかけて来られる方もいらっしゃるので、常にきちんとしたパンを出さないと申し訳ないと思っています。お客さまによっては、ものすごくパンに詳しい方や、パンが好きで何を食べてもおいしいと思われる方、また、厳しい目を持った方もいらっしゃいますが、どの方にも同じレベルのものを召し上がっていただけるようにしたいという気持ちで、毎日のパンに向き合っています。


スタッフたちはやがて、この店から独立していきますが、それぞれ地元に戻って開業し、その土地に根ざしてやっていくためには、作業や結果を一つひとつしっかりと見つめ、見極める、というこの検証が、とても大切なことだと思っています。「やっぱりほかのパン屋さんとは違う」とか、「何度も足を運びたくなる」とか、そういうお店になってほしいので。スタッフには「もっとよくなるはず」という姿勢で取り組んでほしいですね。


◇トラン・ブルーのロデヴ


そんなわけで、パンを食べるのは毎日のチェックのときが多いのですが、一番、量を食べるのは、自分で配合から考えて試作するときですね。そういうときは、かなり食べます。この間はロデヴでした。

 

ロデヴのように多加水のパンは一般的に、「バシナージュ」といって、足し水をする工程があります。多加水のパンには最も適した方法だと思います。先日は、あえてそれをせず、対粉95%の水の中に粉全量と種と酵母と塩を最初から入れて、手ごねで行いました。生地の変化、発酵の具合を観察したいという好奇心からです。それをパンチでつないでいきます。ボールの中で1時間の間に10分おきに生地を返す作業を手でします。酸性の種も入りますし、生地らしくなってくるのが想像できるのです。そしてトータル3時間の発酵を取ります。機械で回していないので、独特なロデヴになっているとは思いますよ。

 

シンプルなパンは、やっていることはほぼ一緒でも、つくり手によって違いが出てきます。しっかりとした配合と工程があっても、生地の育ちかたを見て、このタイミングだと思って作業をすることで全然違ったものになる。うちでロデヴに使う粉は「リスドオル」、「オーション」、「レジャンデール」。水は飛騨の水です。浄水器を通す必要はなく、硬度は低めだと思います。ですから水は入りにくいのですが、それもまた面白く感じています。


◇スキー場で食べるパン


毎年二月、パン屋仲間で集まってスキーに行きます。ブロートハイムの明石克彦さんの山荘に、みんなそれぞれパンを持って集まって、朝まで料理をつくって食べて飲んで、そしてスキーをします。ハムやチーズも山ほどあるので、スキー場でサンドイッチをつくったり。冷たくてもおいしく食べられるパンばかりだし、多加水のパンやドイツパンは焼き戻ししなくてもいいし、パサパサになりにくい。大きなパンは、日持ちもするのです。紙にくるんだり、布につつんだりして、旅に出るときに持ち歩いて食べるのも、楽しいと思います。

 

成瀬正 / トラン・ブルー オーナーシェフ
1960年岐阜県生まれ。成城大学卒業後、「アートコーヒー」、「日本パン技術研究所」、「ホテルオークラ東京」を経て、1989年、飛騨高山に「トラン・ブルー」を開業。2005年のクープ・デュ・モンド(ベーカリーワールドカップ)では日本代表選手として出場、世界第3位に。2012年のクープ・デュ・モンドでは、監督を務めた日本チームが優勝。著書:『世界も驚くおいしいパン屋の仕事論』(PHP研究所)、『トラン・ブルーが切り拓くパンの可能性』(旭屋出版)

 

(NKC Radar Vol.79より転載)

 

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最近の記事

 

 

『BAKERS』刊行記念トーク「人気店のシェフと語る素敵なパンの世界」@神楽坂ラカグ 清水美穂子×須藤秀男(ブーランジェリースドウ)×榎本哲(パン・デ・フィロゾフ)

1月15日、神楽坂のラカグで、ブーランジェリースドウの須藤秀男さんと、パン・デ・フィロゾフの榎本哲さんと、『BAKERS おいしいパンの向こう側』刊行記念トークショーを開催しました。

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主催は新潮社さん。本は実業之日本社さんですが、先日、ペリカンさんのイベントでMCをさせていただいたこともきっかけとなり、わたしの本のイベントもしていただけることに。有り難いことでした。

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神楽坂なので、最初にお声掛けしたのは昨年、神楽坂にお店をオープンしたばかりの榎本さんです。そして、かつて「パティスリー ペルティエ」時代に、志賀さんのもとで、榎本さんと一緒に働いたこともある須藤さんにもご出演いただくことに。

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辻調理師専門学校メディアプロデューサーの小山伸二さんがMCを務めてくださいました。

と、ここまででもう既に、たくさんの人のおかげで、わたしのこの日のこの時間が在るのです。方々にお願いし、みずからの本のイベントを企画するという、慣れない立場と緊張からようやく解放されて、今、ようやくその有り難さに胸をいっぱいにしています。感謝です。

おかげさまで85名、満席御礼にて、トークショーはスタート。

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トークの前半は、わたしと本についてがテーマでした。

魅力的なモノの向こうには、必ずそれをつくる魅力的な人がいる。
その人たちの仕事をクローズアップしたいと思い、この本の取材と執筆にあたりました。

20店舗の新たな取材は9月から10月にかけて行われ、執筆は10月末までに初稿を納品という、とてもハードなスケジュールでした。

たとえば榎本さんのお店など、9月にオープンでしたから、普通なら無理でした。
でも、榎本さんのことは、数えてみれば14年くらい前から知っていたし、書いてきた。
他の20店舗のパン屋さんも、10年以上、インタビューを続け、書いてきた方々がほとんどです。

その日々に、味方になってもらいました。
この本のできるまでは、パンにたとえれば、長時間発酵の短時間高温焼成、といえるかもしれません。

ガイドブックではなくて、職人の仕事にクローズアップした本をつくることを、10年以上の間、ずっとしたかった。ずっと企画は通りませんでした。それを、今回、してよいことになり、夢のようでした。

今回取材する、原稿を書くにあたって、気を付けたことやルールなど、についても質問をいただきました。これはいつもと同じで、どんな人とも、個人対個人で会話するということ。自分の言葉で語るということです。

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後半は、シェフそれぞれに、わたしから公開インタビューするかたちで、彼らの魅力を皆に知ってもらいました。

須藤さんのお店へ行くことを本で「映画でなく芝居、ビデオでなくライブ」と本で例えたのは、なぜだったか。
これは、書いた時は意識していなかったけれども、この本の要な部分のひとつ、多くの方に知っていただきたいことのひとつです。

ちょうど、パンニュースさんも、記事にしてくださいました。

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榎本さんは、話すのがあまり得意でないのでパンでカバーとおっしゃいながら、お土産をつくってくださいました。
ポム(ポミエの小さな丸形)、αバゲットのフィセル、そしてクロワッサン。
こんなにたくさんつくってくださるとは!!そしてこれらのパンの饒舌さといったら!

 

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イベントが終了して、すぐ場所を移動するお約束になっており、おひとりおひとりにご挨拶ができず失礼しました。
いらしてくださった皆さまに、この場を借りてお詫びと心からのお礼を申し上げます。

これからわたしはまた、新しい挑戦をしてみたいと思っています。
取材で出合った景色を、絶景を、自分の言葉で書くことで、そしてたまに写真を撮ることで、皆さまとシェアしていきたいと思っています。

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

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『BAKERS おいしいパンの向こう側』

『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社
12月20日に発売されました。

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おいしいパンをつくる人々について、現在の「私」の視点から、書いたものです。
「私」については、2015年の秋にここで、書きました。

 

『BAKERS おいしいパンの向こう側』の著者の向こう側。

私は文章が書くのが好きで、パンの仕事を始めた。
おいしさの向こう側にある、魅力的なもの。
それが書きたいことの中心にあった。

「FAVORITE WORKSのこと」より

10年くらいずっと、したいと思っていた、本をつくる仕事ができて、幸せです。


日々の仕事の合間の貴重な時間を分けてくださり、取材を受けてくださった20のパン屋さんに、心から感謝しています。そして、企画を通してくださり、私に出版の機会を与えてくださった実業之日本社、編集者の村上真一さんに、感謝です。
そのほか、たくさんの方のお力をお借りしました。この場を借りて御礼申し上げます。

有り難うございました。

 

出版を記念して、トークイベントを企画しました。

清水美穂子×須藤秀男(ブーランジェリースドウ)×榎本哲(パン・デ・フィロゾフ)「人気店のシェフと語る、素敵なパンの世界」 | News Headlines | 新潮社


1月に「ブーランジェリースドウ」の須藤さんと、「パン・デ・フィロゾフ」の榎本さんと、神楽坂は新潮社さんのラカグをお借りして、イベントを開催します。本に書ききれなかったこと、おいしいパンの向こう側を、素敵な二人のシェフと、皆さまと、シェアしたいと思っています。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

ベストパン★2017結果発表を読む

 

All About読者が選ぶベストパン★2017、集計結果を発表しました。「ブレッド&サーカス」「パン焼き小屋ツオップ」「ル・プチメック」が殿堂入りして永久ベストパン店となり、投票対象外となって、ランキングはいかに?


年末のベストパン企画を始めたきっかけは、「All About読者はどんなパン屋さんが好きなのか?」を知るためでした。それは数年で達成され、取材活動に活かされてきました。

 

一言でいえば、ハード系の食事パンをメインとして売るお店が多い傾向にありました。
人気のパンは流行とはあまり関係なく、長年ブラッシュアップしながら、焼き続けられているものが多いということもわかりました。これは素敵なことです!


わたしはその傾向を、とても大切に考えました。

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やがて、皆が年末恒例の企画として楽しみにしてくださるようになり、パン屋さんには迷惑な話かもしれないので、恐縮しながらも、続けてまいりました。その昔はCGIフォームをつくって、個人サーバーに挙げてもらって、目をチカチカさせながら集計していたことを思うと、All Aboutでやっていただけるようになった近年は助かっています。

 

All About読者>ベストパンに投票してくださる読者>投票にコメントをつけてくださる読者で、コメントの量はさほど多くありませんが、読者(消費者)のストレートな声に触れる機会です。

 

長年、コメントに目を通していると、そこに「おいしい」、とか「好き」のほかに、「私が見つけた、他にない素敵な店」「私が応援している、頑張っている店」という意識を感じることがよくあります。都市部でなくても、小さなお店でも、これが強いと、一票になる。

 

まだあまり知られていない、応援しがいのある店は、SNSでも共感を呼ぶ意識です。日本に、素敵なお店、いいパンを焼く人は、まだまだたくさん、潜在している。

素敵な人や店と出会う機会。おいしいパンを体験する機会。
そう思うと、やはり毎年楽しみな、ベストパンなのです。


最近の記事

 

9月から11月まで、『BAKERS』の取材執筆に集中していたため、『月の本棚』をここでお知らせしそびれていました。でも、本はパンと同じくらい大事。食事するみたいに読んでいます。ということで、まとめて以下に載せておきます。

 

 

BAKERS

気がつけばひと昔、a decade!経ってしまったけれども、
ようやくまた、本を出せることになりました。

『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社
12月20日発売です。

 

きょうは、装幀の色校が上がってきたので、うれしく、お披露目します。

この本では、20のパン屋さんを取材させていただいています。 

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*

「もちもちしていておいしい」「噛めば噛むほど味がする」
などとよく言われていますが、おいしいパンとはどんなパンでしょうか?

その向こう側にはどんな人々がいて、どんなストーリーがあるでしょうか。

さまざまなパンのつくり手を取材してきた著者・清水美穂子が、
本当においしいと思うパンとその店、つくり手について書きます。

 

パンは小さいけれど確かな幸せ。
つくり手にとっては、誰かを楽しませるための仕掛けであり、
世界とつながるコミュニケーションツールであり、
生き方そのものでもあるように思います。


この本を読んだ人がおいしいパンの魅力を再発見するとともに、
パン屋さんへの理解を深めるきっかけになれば、と思っています。

*

 最初の取材は9月。脱稿が11月。3カ月でできたのは、
毎日なにかしら書いている10年があったからと思います。

そして、おいしいパンの向こう側にいる、つくり手の皆さんのおかげで
書くことができました。貴重な時間を、分けていただきました。

書いていくエネルギーは、読者の方からも、いただきました。

本のかたちになったのは、編集者とデザイナーとイラストレーターと
支えてくれた家族と友人のおかげです。

心から感謝しています。
 

Instagramでは、12月20日までのあいだ、
一日ひとつずつ、おいしいパンの向こう側をご紹介しています。

よろしければ、フォローください。

 

 

パンのペリカン四代目 渡辺陸×ペリカンカフェ店主 渡辺馨 「守るものと変わるもの」

10月3日、神楽坂のla kaguにて、新潮社主催のイベント、パンのペリカン四代目 渡辺陸×ペリカンカフェ店主 渡辺馨 「守るものと変わるもの」進行役を務めさせていただきました。

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(c)新潮社写真部

ペリカンカフェオープン、書籍『パンのペリカンのはなし』出版、そして7日からの映画公開『74歳のペリカンはパンを売る』と、今、注目のパンのペリカンの歴史やそのパンのおいしさの秘密に迫ろうというイベントでした。

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(c)新潮社写真部

ペリカンの四代目、渡辺陸さんのひいおじいさん、武雄さんは1920年代に木挽町でミルクホールを経営しています。この時代の東京に行ってみたいなぁとよく思います。1942年にペリカンの前身「渡辺パン」を開業。この頃はまだ、いろいろなパンを売っていた。食パンとロールパンに特化するようになったのは1957年、おじいさんの多夫さんが会社を設立し、屋号を「ペリカン」にした頃です。

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(c)新潮社写真部


守るものと変わるもの。
『パンのペリカンのはなし』のなかで陸さんは、変わらないために世の変化に逆らうのではなく、変化にうまく対応することが大事というようなことを書かれていて、わたしはそれで、京都で300年続く料亭のご主人が大切にしている芭蕉の言葉を思い出したのです。

不易流行。時代に応じて変化していくことが、時代を超越して不変なるものとなっていく、という意味です。それはペリカンでいえば、販売の形態も時代に合わせて変わってきたことのひとつです。

 

というような話とともに、今のペリカンを支えるお母さんの馨さん(ペリカンカフェ店主)、ペリカン史の先端にいる陸さんと、ペリカンの魅力についてあらためて考えました。

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世の中は目まぐるしく変わっていきます。パンはなにかとブームにされがちで、
でも私はペリカンは、最初に訪れた時から、町のお豆腐屋さんのようなものだと思っている。みんなで守らなくてはならない大切なもの。

映画をきっかけに陸さんはペリカンの歴史や魅力をあらためて知ったり、確認されたといいます。映画に本にと「出過ぎですよね?」という陸さんに、でも、それはひいおじいさんやおじいさんがいま、頑張れ、と肩をそっと押してくれているしるしではないかと思う、とお伝えしました。

ひいおじいさんから続くパン屋さん。おじいさんが決めた、おいしい食パンとロールパンだけをつくる、ということ。みんなでがんばって手をかけて、大切に守り続けているものは、同時に、みんなのことも守ってくれているような気がしています。

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ペリカンの歴史やパン、ペリカンのパンを愛する人たちについてもっと知りたい方は、映画や本をぜひご覧ください。

 

発売中のDiscover Japan_FOOD 『いま、美味しい ニッポンのパン』では、ペリカンが愛される理由、パンの製造工程を始め、ペリカンカフェについてなど、記事を書かせていただいています。こちらもぜひ!

 

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【関連記事】

 

 

「エスキス」成田一世さんインタビュー ガストロノミーとしてのパン。

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』45人目のインタビュイーは今年「Asia’s Best Pastry Chef 2017」受賞された「エスキス」のシェフパティシエ、成田一世さん。

 

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。

 

今の時代のおいしさは、素材の味を越さない方向にある
成田一世さん / エスキス シェフパティシエ

フランスとイタリアでパンの位置付けを認識

渡欧したての頃は何を食べても馴染まない感じがしていました。しかし3年、さまざまな地域で食事をし、イタリアでピンキオーリのシェフとして働き始めた頃には、料理とワイン、チーズ、フィレンツェの無塩パンの組み合わせが自分の味覚にしっくりくるようになっていました。ピエール・エルメや吉野建シェフと働く頃には、求められる味を提案できるようになったと感じました。その後ロブションのシェフとなり、10年近くロブションの料理の記憶が積み重ねられた頃に感じたのは、世界のガストロノミーの味わいが軽くなりつつある中で、当時パリのロブションで使っていたプージョランのパンが重くなってきていたこと。パンも料理に合わせて軽くしていく必要があると考え、そういうパンを作る方向に至りました。

エスキスの料理とパン

 ヨーロッパの人たちが来日した時、魅力的に感じてもらえるものを提案したいと考えています。エスキスはシェフのリオネル・ベカが日本の風土に根差した料理を作り、皿やカトラリー、ワイン、パン、最後のデザートまでのすべてのシナジー(相乗効果)を大切に考えるレストランです。ヨーロッパにないもの、ということを一番のポイントにしながら、料理やワインに寄り添うパンを焼いています。発酵のさせ方も日本酒の並行複発酵に近いのです。
リオネルの料理は味がとても淡いです。素材レベルの繊細な味。今の時代のおいしさは、素材の味を越さない方向にあると感じています。料理には「調理」と「調味」という要素がありますが、日本の料理はヨーロッパのそれと異なり、調理のバリエーションが多く、調味のバリエーションが少ない。調理した素材の味に対し調味をできるだけ控えた繊細な料理に合うパンは、白いご飯のような存在です。茶懐石のご飯ならまず「煮えばな」があって、「蒸らし」があって、最後に「おこげ」がありますよね。煮えばなはパンでいえば割ったときのおいしい香りです。だから焼きたてを食べさせたいわけです。そして一口噛んだ時、噛みこんでいった時、味わいはどう変わるのか。冷めたときのテクスチャーはどうなるか。それぞれの局面で理想の温度帯や香り、テクスチャーがある、そんな白飯のようなパンが今の料理に寄り添うと考えます。
私のバゲットはほとんどの味を発酵に使ってしまうので甘くはない。けれど発酵によるアロマがあります。最高級の日本酒が淡麗で辛口というのと同じです。噛み続けていると、口の中の水分を吸ってしまうのではなく、唾液がどんどん出てくる。最後に残る微かな酸味、これが重要です。唾液の量が食べものをおいしくし、食欲を増進させ、次の一皿が楽しみになる。それが私の考えるガストロノミーです。

パンもクロワッサンも軽く焼き戻すのが前提

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パンは基本、焼き戻しておいしくなかったら駄目です。湯気の中に香りが広がります。だから一度温めて食べて欲しい。クロワッサンにフレッシュフルーツや生クリームを盛りたければ、家で温めなおしてからご自分でアレンジすることをお薦めします。それが本当においしい食べ方だと思いますから。
エスキスのクロワッサンは日本の発酵バターを生地の中で発酵させ、フランスの風味に近づけています。バターは対粉80%。発酵生地だけれどフイユタージュのように層も薄く、甘くない。一般的に日本のクロワッサンは甘過ぎて、ジャンボンクロワッサン(ハムサンド)など作れない気がします。

素材の味を越さない料理との相乗作用

小さい時に長く入院して、その時期に味覚が出来上がったことはラッキーだったと思っています。病院食っておいしくないけれど、病気に影響しない必要最低限の栄養が含まれていますよね。そこが今、食の世界で注目されてきているところだと思います。調味し過ぎずに食べることが大切に考えられるようになってきている。そういう意味で甘いクロワッサンやしょっぱいフランスパンには疑問を感じますし、ふすまをいっぱい入れたパンは消化器官に負担をかけないのか心配になります。  
今、何をどうやって食べるのが幸せなのか、考え直す時期に来ていると思います。それは今までのインフォメーションを覆すことになるかもしれませんが、ヨーロッパの人々が日本の食生活を真似て鮨を好んで食べる時代には、ヨーロッパの伝統的なパンをそのまま真似るのではなく、時代や土地の食文化に合ったパンのおいしさを求めなくてはならないと考えます。料理とともにあって、相乗作用あってこそのパンだと思うのです。

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成田一世 / エスキス シェフパティシエ
1967年青森県出身。1999年パリ1ツ星「ステラ・マリス」、フィレンツェの3ツ星「エノテカ・ピンキオーリ」、2000年帰国後、「ピエール・エルメ」、「レストラン タテルヨシノ」「シャトーレストラン・タイユバン・ロブション」にてシェフパティシエを務め、2007年渡米。NY「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」へ。NYタイムズ誌「Best of New York」をパンとデザート部門で受賞。2009年台北の「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」のエグゼクティブ・シェフに就任。2012年「エスキス」のシェフパティシエ就任。ケーキ、焼菓子、チョコレート、パンを統括。「Asia’s Best Pastry Chef 2017」受賞。


(NKC Radar Vol.78より転載)

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