タルティーン ベーカリー&カフェ チャド・ロバートソンさんのパン時間

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする『わたしの素敵なパン時間』39人目は、タルティーン ベーカリー&カフェ オーナーベーカーのチャド・ロバートソンさん。日本上陸のニュースに沸いた2月にインタビューさせていただいたものがようやく誌面掲載となりました。出店計画は延期されていますが、チャドさんのパン時間を、多くの方に読んでいただけたらと思い、NKC Radarの許可を得て転載します。

新鮮な粉の良さをたとえるなら、焙煎したてのコーヒーのような感じ。

チャド・ロバートソンさん / タルティーン ベーカリー&カフェ オーナーベーカー

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運命的な出会い

テキサス生まれですから、子どもの頃は白いパンで育ちました。アメリカの子どもが皆大好きな、ピーナツバターとジェリーのサンドイッチなどを食べてね。
パンへの意識が変わったのは21歳の時です。サワードウで全粒粉のパンをつくるパン屋さんに行って、窯から出てきたパンの香りにびっくりしたんです。衝撃的でした。そして、「ぼく、これをやんなきゃ!」と強く思ったのです。
もとは料理人になるつもりでした。料理を勉強すれば世界中どこに行っても仕事があると思ったから。料理学校、CIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)の先生が、「特別なパン屋さんがあるから行ってみたらいいよ」と教えてくれたのがその店、マサチューセッツ州にある「バークシャーマウンテンベーカリー」でした。師匠のリチャード・ブルドンとの運命的な出会いによって、パン職人になってしまいましたけど。リチャードは「この人から学びたい」と強烈に思わせる人でしたから、行ったその日に弟子入りしたいと申し出て、弟子入りしてしまったんです。

チーズのサンドイッチは忘れられない味

その頃はお金がなくて、パンを主食としていました。全粒粉のゴマ入りのパンが好きでしたね。オリーブオイルをたらして、チーズをのせてサンドして、黄金色になるまでフライパンで焼くのが気に入っていました。チーズはコンテやグリュイエールなど。
グリルしたチーズのサンドイッチは忘れられない味です。それはもしかしたら、ぼくがパン屋になれた理由かもしれないから。妻と結婚する前のことですが、ぼくが突然、パン屋さんになると宣言したものだから、彼女はぼくのことをクレイジーだと言ったんだ。でもこのゴマのパンを店から持ち帰って、グリュイエールチーズのグリルサンドイッチをつくってあげたら、パン屋になることを認めてくれたんです。それはすごくおいしかったからね!

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大切なのは地元で挽くということ

それから、フランスのアルプスのパン屋さんでも修業しました。そこでは常に新鮮な粉を使うということを学びました。挽いた日に生地をつくるという素早さだったのです。
その店の匂い、挽きたての粉で焼いたパンのイメージは、20年経っても常に頭の中にあります。新鮮な粉の良さをたとえるなら、焙煎したてのコーヒーのような感じ。パンに香りを封じ込めることができるんですね。新鮮であることは味もいいけれど栄養価も失われていないのです。大切なのはどこの麦でつくるかというよりも、地元で挽くということなんですよ。
その後10年、カリフォルニアのポイントレーズの自宅に併設した薪窯でひとりで店をやって、今のタルティーン ベーカリーのスタイルを確立しました。ぼくのパンには師匠たちの哲学が少しずつ入っています。

おいしくて健康的なパンをつくりたい

最近はカントリーブレッドの兄弟のような、もう少し味の濃い全粒粉のパンが好きになっています。和食に興味があって、出汁のイベントに参加した時には、ワカメとゴマの長時間発酵のパンをつくってみました。和素材をちょっと入れるのが気に入っています。
食べ方としては、スライスした全粒粉のパンの上にグリルした鰯や鯖をのせて、レモンをキュッと絞ったものなど、いいですね。タルティーヌはバターとジャム、ヘーゼルナッツバターとチョコレートなど、甘いものを合わせるのも好きですよ。

一番大事なことは、おいしいということです。二番目はヘルシーだということ。本当は両方がいいんです。特別意識されずに、おいしくて健康的なパンをつくりたいですね。おいしいから選ばれるんだけれど、ぼくがそれを勝手にヘルシーなものにしておいてあげたい。ヘルシーだから選ばれるということではなしにね。
友人たちのパーティではいつも自分の焼いたパンとワインを持って行きます。タルティーン ベーカリーでは夕方の5時にパンが焼けてくるので、まだ温かいパンを持って行くことができるんです。だからぼくたち、とっても人気があるパーティゲストなんですよ。

 

チャド・ロバートソン  / タルティーン ベーカリー&カフェ オーナーベーカー
テキサス出身。CIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)卒。米国内とフランスで修業後独立、2002年にサンフランシスコのミッションエリアに「TARTINE BAKERY」をオープン。たちまち行列のできる人気店に。2008年、食のオスカーとも呼ばれる「JAMES BEARD FOUNDATION AWARDS」でアメリカのベストベーカリーに選ばれる。著書に『Tartine Bread』『Tartine Book No. 3』いずれもChronicle Books他

『NKC Radar』Vol.72 p.25より転載