sens et sens 菅井悟郎さんのパン時間

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする『わたしの素敵なパン時間』40人目のインタビュイーはsens et sensオーナーシェフの菅井悟郎さんでした。
多くの方に読んでいただけたらと思い、NKC Radarの許可を得て転載します。

毎日食べても毎回新しい発見があるような同じものをつくりたい

菅井悟郎さん / sens et sens オーナーシェフ

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プロシュートとグリュイエールチーズのサンドイッチ

プロシュートとグリュイエールチーズを挟んだリュスティックのサンドイッチがあります。バターはパンに塗らず、チーズとプロシュートの間に挟んでいます。なぜか?プロシュートとグリュイエールはどちらも熟成が深く塩味がきついので、普通は一緒には挟まない。でも一緒に食べることができたら、すごく濃い旨味を感じられておいしいよな、と思って方法を考えたんです。甘味の強い私のリュスティックなら受けとめられると思いました。それと、バターを真ん中に挟むということと。
サンドイッチを解体すると下から、甘味のリュスティック、しょっぱいプロシュート、バター。バターは甘いじゃないですか。しょっぱいチーズ。最後にリュスティック。甘いのとしょっぱいのが交互になっています。脂分が溶けにくいプロシュートを室温に戻しておき、溶けやすいバターは食べる直前に冷たい状態で挟むことで、プロシュートの脂とバターが口中で同時にスッとなくなります。チーズは極限まで薄く切っているのでそれに続きます。「しょっぱい」瞬間に「甘い」と感じさせると、両方とも良い要素として意識される。どちらかに連続して寄っていかないように挟んでいるんです。キャラメルもそうですよね。甘いから苦いのがおいしく、苦いから甘いのがおいしい。塩キャラメルってありますけど、甘い苦いにしょっぱいもあって、感覚が移動するから飽きず、味覚の快感になっていくんです。

夜も眠れないほどバターのことを考える

薄切りの冷たいバターを乗せたパンは、バターとパンが異なるものとして口に入って、あとから一緒になるおいしさです。バターが溶けてパンと一体化したトーストを食べて「このバターおいしいね」とはなかなか言わないと思いますが、それはバターが脇役に回っているからです。私は、パンもバターも両方主役にしたいんです。
バターをひきたててあげてこそ、バターはパンを引き立ててくれます。パンのことだけ考えたらバターは気分を悪くしてしまいますよ。
私は、ものには魂があると思っています。こっちが考えてあげていないのに力にはなってくれないですよ。バターのことを夜も眠れないほど考えたこともあります。メーカーの商品の味を知るということばかりではなく、バターというものが一体どういうことになっているのか。なぜあの状態で、どういう性格で、どうされたいのかということです。
人間でも「人間ってものはこうしたら喜ぶだろう」とひとくくりに何かされても、その人にあてはまらなかったら喜んでもらえないですよね。そのバターがこうしてほしいと言っている、このパンはこうしてほしいと言っている、という声を汲んだ上で、どうやってまとめたら全員が喜ぶか、私がまとめ役ということです。材料がそれぞれ引き立て合いながら全員が主役になっている、という考え方でつくっています。

お客さんの心の微笑みになるかどうか

私にとって、パンは手段であって、好きだからつくりたいということではないんです。自分がつくったものでお客さまが喜んでくれて、心の微笑みになったかどうかがすべてなんです。
プロのボクサーを目指していた頃、メンタルトレーニングの一部で、きつい減量のストレスを抜くために週に一食だけ、好きなものを食べてもいいという時があったんですね。その時、母がどこかで買ってきたパンがすごくおいしかったんです。そのパンがどうというよりも、パンでこんなに幸せな気持ちになれるんだと知ってすごくワクワクしたんですよ。自分もそういうものを人に提供できる側にまわりたい。パンを使って私も人を幸せな気持ちにしたいと思った。それがパンをつくり始めたきっかけなので、コーヒー一杯でもそういう気持ちになってもらえたらいい。

毎回新しい発見があるような同じもの

パンのメニューは意図的に変えないようにしています。1回食べておいしいものはいっぱいありますが、何回食べても飽きないものをつくりたいのです。毎日、死ぬまで食べても毎回新しい発見があるような同じものをつくりたい。2016年1月で3年になりますけども、3年間同じものを食べているお客さまもいらっしゃいます。味がわかっているはずなのに慣れない。メニューは同じもののように見えて進化しているんです。

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菅井悟郎/ sens et sens オーナーシェフ
1976年千葉県生まれ。大学卒業後フランス菓子の学校を経てパン職人になり、2004年、千葉・おゆみ野にパン店「Le Coeur」を開業。行列のできる人気店となるも10周年を目前に閉店。2013年、町田・つくし野にパンと有機野菜料理、スペシャルティーコーヒーとデザートがゆっくり愉しめるカフェ「sens et sens」(サンス・エ・サンス)をオープン。著書:『最高においしいパンの食べ方』(産業編集センター)

『NKC Radar』Vol.73 p.10より転載

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