トラン・ブルー 成瀬正さんインタビュー「しっかりと向き合うことで、よりいいものをつくる」

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』46人目のインタビュイーは高山の「トランブルー」の成瀬正さん。

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。

f:id:mihokoshimizu:20180124185802j:plain

 

しっかりと向き合うことで、よりいいものをつくる
成瀬正さん / トラン・ブルー オーナーシェフ

◇売り場に出さなかったパンをみんなで検証する


スタッフを順番に休憩に行かせていると、自分の食事をする時間はなかなかとれません。なので、パンをじっくりと食べる機会は少ないのですが、いつ食べているのかといえば、売り場に出さずに外したものを食べることが多いです。

 

なぜ外さなければいけなかったかを、みんなで食べて検証するためです。お客さまに少しでもおいしく食べていただけるように、今ある商品の質を向上させたいと思っています。そのために、スタッフみんなで食べて、昨日のパンと何がどう違うか、一日に何回か焼くパンだったら、前回とどこが違うか、改良点は何かを見つけていくことが大切だと考えています。

 

店に出せない理由はいろいろありますが、その多くは焼きかたによるものです。手で持ち上げたときに軽すぎれば、「水分が飛びすぎてスカスカになっているかな」とか、重すぎれば、「おそらく口どけが悪いだろうな」とか。一見、普通に焼けているようでも、さまざまな方向からパンを見つめると、店には出せないものが出てきます。売り場に並ばないパンから学ぶことが、たくさんあるわけなのです。

f:id:mihokoshimizu:20180124190201j:plain


テレビなどのマスコミで取り上げられるのが、クロワッサンやデニッシュなどのヴィエノワズリーが多いためか、そうしたパンを目指して来られる方が多かったのですが、最近はハード系をお求めの方もずいぶん増えてきました。

他県から何時間もかけて来られる方もいらっしゃるので、常にきちんとしたパンを出さないと申し訳ないと思っています。お客さまによっては、ものすごくパンに詳しい方や、パンが好きで何を食べてもおいしいと思われる方、また、厳しい目を持った方もいらっしゃいますが、どの方にも同じレベルのものを召し上がっていただけるようにしたいという気持ちで、毎日のパンに向き合っています。


スタッフたちはやがて、この店から独立していきますが、それぞれ地元に戻って開業し、その土地に根ざしてやっていくためには、作業や結果を一つひとつしっかりと見つめ、見極める、というこの検証が、とても大切なことだと思っています。「やっぱりほかのパン屋さんとは違う」とか、「何度も足を運びたくなる」とか、そういうお店になってほしいので。スタッフには「もっとよくなるはず」という姿勢で取り組んでほしいですね。


◇トラン・ブルーのロデヴ


そんなわけで、パンを食べるのは毎日のチェックのときが多いのですが、一番、量を食べるのは、自分で配合から考えて試作するときですね。そういうときは、かなり食べます。この間はロデヴでした。

 

ロデヴのように多加水のパンは一般的に、「バシナージュ」といって、足し水をする工程があります。多加水のパンには最も適した方法だと思います。先日は、あえてそれをせず、対粉95%の水の中に粉全量と種と酵母と塩を最初から入れて、手ごねで行いました。生地の変化、発酵の具合を観察したいという好奇心からです。それをパンチでつないでいきます。ボールの中で1時間の間に10分おきに生地を返す作業を手でします。酸性の種も入りますし、生地らしくなってくるのが想像できるのです。そしてトータル3時間の発酵を取ります。機械で回していないので、独特なロデヴになっているとは思いますよ。

 

シンプルなパンは、やっていることはほぼ一緒でも、つくり手によって違いが出てきます。しっかりとした配合と工程があっても、生地の育ちかたを見て、このタイミングだと思って作業をすることで全然違ったものになる。うちでロデヴに使う粉は「リスドオル」、「オーション」、「レジャンデール」。水は飛騨の水です。浄水器を通す必要はなく、硬度は低めだと思います。ですから水は入りにくいのですが、それもまた面白く感じています。


◇スキー場で食べるパン


毎年二月、パン屋仲間で集まってスキーに行きます。ブロートハイムの明石克彦さんの山荘に、みんなそれぞれパンを持って集まって、朝まで料理をつくって食べて飲んで、そしてスキーをします。ハムやチーズも山ほどあるので、スキー場でサンドイッチをつくったり。冷たくてもおいしく食べられるパンばかりだし、多加水のパンやドイツパンは焼き戻ししなくてもいいし、パサパサになりにくい。大きなパンは、日持ちもするのです。紙にくるんだり、布につつんだりして、旅に出るときに持ち歩いて食べるのも、楽しいと思います。

 

成瀬正 / トラン・ブルー オーナーシェフ
1960年岐阜県生まれ。成城大学卒業後、「アートコーヒー」、「日本パン技術研究所」、「ホテルオークラ東京」を経て、1989年、飛騨高山に「トラン・ブルー」を開業。2005年のクープ・デュ・モンド(ベーカリーワールドカップ)では日本代表選手として出場、世界第3位に。2012年のクープ・デュ・モンドでは、監督を務めた日本チームが優勝。著書:『世界も驚くおいしいパン屋の仕事論』(PHP研究所)、『トラン・ブルーが切り拓くパンの可能性』(旭屋出版)

 

(NKC Radar Vol.79より転載)

 

『わたしの素敵なパン時間』Back Number

 

 

 

 

最近の記事