酵母とこだわり
「天然酵母というものについて、考えているんです」
とそのパン屋さんは言った。
「天然酵母パンないの……?こだわりがないのね
と言うお客さまがいたので」
と言えば……?と、教師の模範解答のように言いかけて、
いや、これでは伝わらないな、と思う。
「それではなんだか偉そうですし……」と彼は言う。
そうですね。
そのお客さんが「こだわり」とか「天然酵母のパン」というのは
つまり、何かこう、安心感があって、からだに良い感じがして、
発酵促進剤などは使わず、無論、機械まかせでなく、パン職人
でなければ作ることができないようなパンのことではないか
とわたしは訳します。
手作り、焼きたて、天然酵母、こだわりといった言葉は
大きく掲げてしまうと、ちょっと寂しくなる。
本来意味があったはずなのに、いつのまにか本質がなくなっている
と気づかされることが多い言葉だから。
だから酵母は、ひっそりと育てればいいのだ。
ひっそりと行っても、酵母を上手に操る職人のパンは饒舌。
それにかけるこだわりは、話した言葉の端々から、
店の隅々から、伝わってくる。
センスのある店は、みんなそうだ。
そのパン屋さんは、ドイツパン屋さんではないけれど、
ドイツパンがとても好きなのだと言った。
大事にしている自家製のサワー種は、こんなに寒い日でも
温かい工房の棚の上で活発に、ふつふつと息をしていた。