パンと詩のある風景を巡って【1】
2012年10月27日(土)14時~17時、夙川のameen's ovenにて開催されたイベント
「ことばの種、ふくらむパン そしてsomething good ~パンと詩のある風景を巡って」
の全記録を、補足の引用とともに以下に公開します。
<ameen's oven ミシマ ショウジによる案内文>
パンや食べ物のまわりには、たくさんの美味しい言葉が飛び交っています。美味しいパンは人をおしゃべりにもするし、丁寧に作られた食べ物は人を幸せにもします。それがパン屋やレストランが人をひきつける魅力のひとつではないでしょうか?パンのなまえ、店先にならんだパンのラベルにも、そんな秘密が隠されています。
今回はブレッド・ジャーナリストとして日々、AllAboutや雑誌などのメディアで活躍されているMIHOKOさんをお迎えして、パンや食べ物をめぐる言葉の魅力について語っていただきます。
また、今回はゲストとして、詩人であり食の世界にも造詣の深い小山伸二さんをお招きし、パンや食べ物を巡る詩や表現について、ともにトークしたいと思います。
もちろん言葉だけじゃなく、MIHOKOさんおすすめの"パンとあう + something good"なお料理と、この日のみの限定パンなどをお焼きして、皆さんと一緒に楽しみたいと思います。
秋の実り、自然の豊かさをたっぷりと楽しめる時期です。
どうぞこの機会に美味しいことばとパンを味わいにお越しください。
第一部・パンと詩を巡るおいしいトークセッション
第二部・パンとあうsomething goodなお料理を!
<出演者プロフィール>
■清水 美穂子
Bread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに情報サイトAll Aboutパンや
ブログ Bread Journal、Facebookページ清水美穂子【Bread Journal】での執筆の他、TV、雑誌等のメディアで、おいしいパンとその向こう側にスポットをあて続ける。パンを楽しむ企画のコーディネート多数。
著書に 『日々のパン手帖 』『おいしいパン屋さんのつくりかた』
■小山 伸二
1958年鹿児島生まれ。戌年A型乙女座。学校職員。詩人。
日本コーヒー文化学会常任理事。
第一詩集『ぼくたちは、どうして哲学するのだろうか。』(1998)、
第二詩集『雲の時代』(2007)いずれも書肆梓・刊。
詩のマイクロ出版社・書肆梓を主宰。
現在、東京・国立市在住。詩のワークショップ・ 福間塾に所属。
■ミシマ ショウジ
20代は旅をして過ごす。
30歳を前にしてパンと出会い、「ビゴの店」にてパンの基礎を覚える。
神戸の震災を機に、長野県乗鞍高原の「ル・コパン」に移り、酵母を
使ったパンを石釜の薪で焼くという山の生活を数年過ごす。
関西に戻り、2004年、西宮市夙川に「ameen's oven」を開店。
<ここからトークセッション>
●ミシマ
MIHOKOさんをお迎えしてイベントをというのはもう何年も前から考えていたことで、やっと実現しました。
MIHOKOさんはameen's ovenを取り上げてもらった一番最初の方です。
あとは自己紹介をしてもらって、いいでしょうか。
●MIHOKO
はい。今日はお集まりいただいてありがとうございます。こういうイベントって初めてなのでちょっと緊張しておりますが、不思議ですね。ミシマさんとはもう8年のつきあいになりますが、数えたら数回くらいしかお会いしていないかもしれないのです。
どなたか読者の方が、すごく素敵なパン屋さんがありますよ、とメールをくださったのが最初のきっかけだったかな、と思っているんですが、それからもう8年も経ったんですね。
12年ほど前に、All Aboutの立ち上げの時、最初、300とか400のウェブサイトのリンク集を作ることになっていて、たくさんのパン屋さんのサイトを見る中で、ameen's ovenのホームページからは圧倒的に魅力的な言葉が迫ってきたんですね。
それでここはもう、行かなくちゃって。当時はなかなか東京を離れられなくて、でもここへは絶対に行かなくてはと思いました。
その言葉は、皆さんはameen's ovenのお客さまなのでご存じと思いますけれど、例えばパンやお菓子の名前にしても「黒米スティッキ」っていうのがあって、ブログで紹介しようと思うと、スティッキ、スティック、ステキ?って、なんかもうね、リズムが詩みたいになっていっちゃうんですよ。
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黒米スティキ!
ラベルにRice stick 黒米スティキ、と書いてある。
「黒米はお米の古代種で、とっても生命力の強い品種です。
その力強さをぎゅっと集めて、やき上げました。
しっかりゆっくりかんでね!」
自然食品店にある地味なお菓子のような風情だけれど
黒砂糖が入ってほの甘く、これはちょっと、かなり美味しい。
有機栽培の黒米入りではあるけれど、
国産小麦、酵母も入っているのでパンかな。
パン?とうかがうと、職人のミシマさんは
あれをオーブンに入れるとご飯を炊くときの香りがして
パン屋じゃない気分がするという。
どんな風につくるのだろう。
このスティキはステッキ、スティック、木の枝、棒などの意味がある。
そこにもしかしたら「すてき」も入っているに違いない。
Bread Journal(2004.11.5)より
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●MIHOKO
「いちくるバンズ」っていうのもあって、イチジクとクルミで「いちくるバンズ」なんですけど、いちくるがひらがなで、バンズがカタカナとか、なにかこう、チャーミングなバランスがあってね。
インターネット上のオンラインのパン屋さんていうのはパンの香りがしてこないんですよね。遠くに住む人がオンラインで何か買ってみようというときにクチコミのほかに何で判断するかといえば、それは書き言葉だと思うんですけれども、ミシマさんがその部分でも非常に優れていたから、当時は実店舗も持たず、小さなお店なのにAll Aboutのベストパンという人気投票でも毎年上位にランクインしていたんですね。それはパンがおいしいのはもちろんだけれど、そしてAll Aboutの読者の方とameen's ovenのお客さまが似た感覚を持っていたのかもしれないけれど、
圧倒的にミシマさんの言葉が魅力を放っていたからだと思っています。
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オンラインベーカリーという手段
ウェブ上に店をかまえるパン屋さんは、いつでもお客さんを迎え入れてくれる。
24時間365日オープン。大雪の朝でも、真夏の昼ひなかでも、雨のふる真夜中でも、そこにはおいしそうなパンが並んでいる。
お客さんはインターネットを使って、簡単にパンを買いに行くことができる。
たとえ何千キロ離れたところにいても。
そのかわり、オンラインベーカリーからはパンの香りがしてこない。
お客さんに笑顔を向けて言葉をかわす店員もいない。
だからそのぶん、パンのおいしさを伝える写真や文章が必要になってくる。
お客さんと誠実にコミュニケートすれば、実際の店舗よりずっと広く深く
自分のパンについて伝えることができる。
『おいしいパン屋さんのつくりかた』(ソフトバンククリエイティブ)より
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●MIHOKO
前に本で書いたことなんですけど、キャラウェイという香りの強い種子、スパイスが苦手だなと思っていたんですが、「船乗りが小脇に抱えるパン」ってミシマさんの説明があったんですよ。それで、食べてみたらこのパン好きだって、頭から食べちゃったりもして。
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言葉の持つイメージを大切にする
たとえば、フィンランドサワーライというしっとりとした個性の強いライ麦パンについて、
「北の海で働く漁師が船に乗る時に小脇にはさんでいくようなパン」と書いてある。
実際にナイフを入れると、わたしの苦手なアニスやキャラウェイが香った。苦手。
そうしたハーブが苦手と思うのは、良い出合いかたをしていなかったからかもしれない。
楽しいイメージを持ってしあわせな再会をすることで、苦手と思った味の記憶は上書きされる。
ひとは言葉も一緒に食すから。やさしい言葉の魔法。ひとくち食べると、それはもはや苦手なものではなくなっていた。
『おいしいパン屋さんのつくりかた』(ソフトバンククリエイティブ)より
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●MIHOKO
そんなところが好きで、8年間見てきて、店舗販売が始まって、今はここでカフェまで開いていて、いつも亀のような歩みで、ってミシマさんはおっしゃるんですけど、一歩一歩が確実で、素敵だなぁと思っています。
きょうはその、言葉とパンとを絡めたイベントなんですけど、ミシマさんが詩を書かれるパン屋さんであることは皆さんは知っていらっしゃると思います。一番最初にわたしが感動した詩があるので、ミシマさんに朗読していただいて今日はこのイベントを始めたいと思います。
それで、わたしの友人で詩人で、食関係の出版社の編集の仕事を経て、今は調理師学校の企画部というところにいらっしゃる小山さんにも、このトークセッションに加わっていただきたいと思ってお呼びしています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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「パンのふくらみの宇宙」 ミシマ ショウジ
そらに浮かぶ気球を想像してほしい、気球はパンだと。
それらはともにふたつの基本構造をもっている、皮膜とガスだ。
気球はヘリウムガスを満たして空に浮く、
パンは炭酸ガスをはらんで大きくふくらむ。
パン酵母はパン生地の糖分を食べて、
分解してアルコールと炭酸ガスを放出する。
炭酸ガスはパン生地に捉えられ閉じ込められて
パン全体をもちあげる。
酵母が活発に活動すればするほどガスは多くなり、
パンはふくらみ、やわらかい食感になる。
パン生地のなかで酵母菌たちは生殖活動をし、
ハッハッとガスを吐いているんだ。
そのハッハッのガスを閉じ込め抱えているのが、グルテンの膜。
小麦粉のタンパク質にはグルテニンとグリアジンという
兄弟が住んでいる、ここに水と時間を加えてよく捏ね上げると、
このふたりがからみあって織りあわさって、網の目状の膜をつくる、
これがグルテン。米にもソバにも、ライ麦粉にさえない小麦粉だけの得意技。
このグルテン膜がガスを大きく包みこんでいる。
活発に生きる酵母菌と彼らが出すガスをしっかりと抱きこみながらも
柔軟に伸びていく膜、ほら、それは君がふくらます風船ガムのようで、
気球のようで、大気を抱く星のようでしょう。
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●MIHOKO
ありがとうございます。
これ、小学生の男の子に、質問されたときに答えるために作ったのでしたっけ。
●ミシマ
はい。友達の子供に「なぜパンはふくらむの?」って聞かれたときに、
こんなふうに説明したんです。当時6つか7つだったと思うんだけど、もう13歳です。
最初通販からパン屋を始めているので、何か自分のことを発信して行かなきゃならない、というときに、パンの紹介をするだけじゃつまらないじゃないですか。ちょうどそのころブログが出てきたんですが、「こねくりこなくり日誌」を書いていた頃は手で捏ねて焼いていて、量も今とは桁違いでした。
それはそれで忙しかったんですけれど、このパンを、自分のやっていることを紹介していきたいなという想いがあったんですよ。でもどうも散文が苦手なんですね。しゃべるのも下手なんだけど、それでああいうふうに詩っぽくすると書けるなっていうのが最初です。
●MIHOKO
この詩を読んで、ameen's ovenがとても好きになりました。
わたしはパンと詩は似ているなって思っていて、おいしいパンを食べると、
「どんな人が焼いているんだろう?」と、その人のことを知りたいと思うんですが、
詩もそうで、読んで素敵な詩だなと思うと、何度も何度も同じ詩を読んで、
書いた人のことを知りたいなぁと思う。ウフ!(笑)
で、まぁ、わたしは情報サイトや雑誌で仕事をしているので、新しいお店や
流行のパンについての情報を求められることが多くて、書きますけれど、
そもそもパンって本当はそういうものではなくて、もっと、なんていうか……
なに?何だろう?っていつも考えています。
最近は特集企画のときに、小山さんに相談に乗っていただくことが
よくあるんですけれども、食文化について造詣の深い方なので、
たまに目からウロコみたいな話をしてもらっています。
今日も期待していますよ。
●小山
どうも、皆さん初めまして。小山と申します。えー、なんでここにいるのか
いまだによくわかっていないのですけれども……
●MIHOKO
詩人だからですよ(笑)
●小山
出身は鹿児島なんですけれども、東京の大学に行って柴田書店という食の出版社に入って、その時にはコーヒーの店やコーヒーを焼く職人さんの取材をしていたりしたのが、気がついたらミイラ取りがミイラになって、趣味でコーヒーの自家焙煎をしています。
で、ある時大阪のあべのにある辻調理師専門学校に勤めることになって、フランス校勤務になって家族と3年間フランスで暮らしたりもしました。
今から20年ほど前の大阪あべのはさびれていて、ああここで人生終わるのかと思ったとき辻静雄と出会って。この人たちがつくった1960年代の日本文化がすごいなって思って。
その時のわたしの上司が芦屋に住んでいて、神戸を見渡しながら、関西が戦前から持っていた素晴らしい文化がここにあるって話を聞いたりもしました。
きょうは夙川をしばらくぶりに歩いていろいろなことを懐かしく思い出しました。
で、本題なんですけど、MIHOKOさんに出会った時に面白いなって思ったのは、レストラン業界のジャーナリストというのはたくさんお目にかかっているんですが、新しいタイプのジャーナリストがここにいるなって思ったんですね。
それは何かっていうと、ジャーナリストってあらゆるジャンルでそうなんですけれども、新しいこととか、人の知らないことを伝える、っていうのが仕事なんだけれど、実はそれは表面的な仕事で、本来はその読者が自分の中にしまいこんでしまっていた、あるいは一回も開けたことのないような蓋を開けるきっかけをつくるために、ジャーナリストはいろいろなところに旅をし、いろいろな人の代わりに取材をして話を聞き出して伝えるんです。
そういう意味で、本質的なジャーナリストっていうのがパンの業界にもいたんだなって思いました。
彼女は筋金入りのジャーナリストだし、ブレッドジャーナリストって名乗っていらっしゃるのは、正当な名称だなって思ってます。これだけ褒めとけばいいかな(笑)。
僕は映画の話からしたいと思うんですけれども、クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』という映画です。嵐の二宮君がパン屋さんの役で出てくるんですね。
主人公の渡辺謙がアメリカで玉砕する時の総司令官で、彼に仕える二宮君に「君はいい軍人になれるよ」と声をかけると、「わたくしは軍人ではありません。ただのパン屋です」と答えるんですね。彼は戦争に駆り出される前は毎日毎日何の変哲もないパンを焼いていて行ったこともない硫黄島で戦わされていた時に、パン屋だってアイデンティティこそが彼を狂気の戦場で正気にひきとめてくれたと思うんです。
彼の言葉を聞いた渡辺謙がなんともいえない表情をするんですが、これが、まさにパンの持っているかけがえのない日常性が世界を震撼させるところに共振していく瞬間だと思ったんですね。
今回、「言葉とパン」というお題で思ったのはこういうことです。
言葉、言語というものは、人類が数十万年の進化の中で、たんに伝達、コミュニケーションのための道具としてだけではなくて、プラスアルファの「何か」を伝える、効率的な伝達の機能を逸脱する「何か」が言葉に加わったときに、おそらく人類最初の詩みたいなものが生まれたと、言えるのではないでしょうか。
いっぽう、パン、食べ物ですが、どんな生物も生き延びるためには外部の有機物を摂取して生きていくわけ、それがパン、食べ物の本質でしょうが、でも言葉と同じようにある時に、生存とは関係ない部分で、パンはこんなふうに焼いたら美味いね、あの人の焼いたパンのほうがおいしいよねという、プラスアルファの何かに出合った瞬間に、後にぼくたちがそれを「文化」と名付けるような現象が起こったのではないでしょうか。
言葉とパンが出合う。
それをこの店でやってらっしゃるんだって、気付きました。
●MIHOKO
言葉や食のプラスアルファが、文化という現象になったんですね。
小山さん、ありがとうございます。
<つづく>