ベストパン2003-2013、パンとカフェと。

ストパンがAll Aboutパンの恒例企画になって十数年。

今年グランプリとなったVIRONがベスト10にランクインしたのは、いまから10年前、VIRONのオープンと同じ2003年でした。

当時を振り返ると、メゾンカイザーやPAULなど、メロンパンがなくてバゲットやクロワッサンなどフランスのパン屋さんにあるものだけを販売するフレンチスタイルの「ブーランジュリー」が話題になっていた頃でした。

パンの伝統ある国から上陸したこれらブーランジュリーの系列に新たに加わったのがVIRONでした。VIRONは他とちょっと違って製粉会社の名を冠し、フランス産の銘柄粉「レトロドール」のおいしさを伝えるために「バゲットレトロドール」を看板商品として生まれた店でした。

バゲット。今年、「All Aboutパン」の読者が一番よく買ったというこのパンは、シンプルゆえに素材や職人技の違いが出やすいパンです。パンを研究したい人には好適材料。食べ手にとっては、油脂や砂糖を含まないことから汎用性があり、何にでもコーディネイトしやすいパンである……というところが、ある人には魅力であり、ある人には面倒なこととなります。

何人かのフランス人が言いました。「バゲットを単品で食べるのは、パン屋さんからの帰り道でだけ」。

バゲットはそれだけでは「食事」となりにくい。

日本人はパンをファストフードのようにして摂ることが多いのです。間食や間に合わせの軽食としてサンドイッチやお総菜パンや菓子パンなど、それだけで完結するアイテムが日本には本当にたくさんあるのです。

そしてバゲットやカンパーニュなど、業界では「食事パン」と呼ばれながらもそれ単品では食事として成り立たないパンの食体験に、日本人はまだまだ乏しかったのです。

そこでVIRONはブラッスリーをつくった。それはパンをファッションとして消費してもらうためではなく、おいしい小麦粉を、そのバゲットを世の中に向けて発信する特別素晴らしい場となりました。

VIRONに限らず、この10数年、いや、もっとずっと前から、バゲットやカンパーニュを売る店では、カフェを併設することで、食べかたを提案してきたと思います。

日本のパン市場は大手ホールセールのパン屋さんが大部分のシェアを占めるわけですが、All Aboutのベストパンでランクインするのは規模の大小はあれ、リテイルすなわち小売のパン屋さんです。

リテイルのパン屋さんは大手ホールセールの店では(現在のところは)つくることが難しいとされていて競合しないパンで勝負します。ひとつひとつのパンに職人による微調整が必要なパンや、クラストのパリッとした具合がおいしい、バゲットなど。でも、それを売るからには、食べかたの提案もしなければなりませんでした。

ベーカリーカフェは確かに、おいしい食べ方を体感させてくれる場として機能してきたと思います。昨日も書きましたがAll Aboutのベストパンの店の半数以上がカフェなどを併設したお店でした。

この年末にわたしがふと思っっているのは「ハード系のパンの愉しみ方が”まだ”普及していないからカフェを併設する」という考え方はそろそろ終わりかもしれないということでした。もう来るところまで来た。

まだ普及していないのではなく、もうこれ以上は普及しないのではないか。

欧米がパンの先進国で、日本はおいしいパンを追求してそれに見習った時代もありました。でもこれから先、日本で例えばフランスのようなパン食文化が花開くとは思えない。確かにパンの伝統ある国に見習うところはたくさんあっても、日本には米飯であれ麺であれ、バゲットのようにシンプルなパンの代替となるものはたくさんあります。

と同時に、パンブームと言っている限り、ファッションとして消費されているかもしれないパンが、All Aboutのベストパンではお洒落な食べ物のアイコンとしてではなく、日々食べたいものとして、挙がってきている。

ある店においしいパンがあり、併設のカフェにはそれを「食事」にする幸せなテーブルがあり、そこには店主の提唱する食のスタイルがある。

わたしは今、そういういい感じの空間があちこちで小さな花を開かせているのを感じています。

インターネットの情報をみて、ある種のレジャーとして遠方から電車を乗り継いでもそこを目指す人もいるかもしれない(だから「聖地」と呼ばれるのか、と今これを書きながら納得)。でもほんとうは、近くに住めたらいいのにと誰もが思う魅力ある店。職人や経営者のスタイルを具現化したパン屋さんのカフェ。

この時代のパン屋さんのカフェの新機能は、集会所。いや、これは新しくはないかもしれない。古くからヨーロッパのパン屋さんに見られた機能だったかもしれません。

ひとはそこにパンを買いに、コーヒーをのみに立ち寄る、のだけれども、ひととひととの温かな交流という目的も果たすのです。パーラー江古田やameen's ovenしかり、ル・プチメックの食堂も、また。人と人とのつながりが生まれる場においしいパンがあること。それはパン食文化がある程度成熟した日本の今の、素敵な風景ではないでしょうか。

パンとカフェについてはまた書きます。

ベストパン★2013 結果発表