大雪の翌日は熱々のナンで

昨日の東京は久しぶりの大雪に降りこめられてしまったけれど、きょうは一転して良いお天気。車も少なく、空気もクリアな気がする。

都知事選の投票の後、いつものネパールカレーのお店へ。パンパンと音を立てて伸ばして、焼きあげるナンとサラダとチャイがついて980円の昼食。

熱々のナンが、つめたくなった指先にほっと、やさしい触感。

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炊きたてのご飯が好きな民族は、熱々の湯気をパンにも求める。けれど、熱々がほんとうにいいパン(の種類)は饅頭とナンとピザだけだとわたしは思う。

このことは前にも書いたかもしれない。

以前、テレビ番組の制作、ディレクションをする人に、窯から出したてのパンを割って湯気を出したところをかじるのは、それがおいしいという誤解を生じさせるのでやめてほしいとお願いした。演出として必要なのだそうだが、パンの発酵の香りが安定して本当においしくなるのは、人肌程度、さめたてのところなのだ。それをあちこちで、言うのだけれど、まだまだ焼きたて信仰はつよい。

「でもそうは言っても、買ったパンが温かかったらうれしくないですか?」と言われて「うれしいです」と言ったら、「どっちなんです。はっきりしてください」と笑われた。

焼きたてで温かであることは、うれしいのだ。どこかで焼かれて運ばれて、時間が経ってしまったパンではなくて、その場でさっき窯から出てきたこと事実の証明として、いま、温かいことは、ありがたいことなのだ。

いつもの、大好きなお店で、熱々のナンをちぎりながら、いろいろなことを考えるのだった。