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アメリカントレンドとその周辺

ここ1、2年、あちこちでわたしのアンテナに触れて、心にとめていた、新しいアメリカントレンドについてまとめてみました。先日刊行された日清経営技術センター会報『NKC Radar』Vol.71 のトレンドのページで書かせていただき、許可を得て掲載します。書いたのが3月初旬、入稿ぎりぎりまで本文を追記更新しましたが、タルティーン ベーカリーの出店場所の変更などについては間に合わなかったので、ここでは文中に※を入れて改訂とします。

アメリカントレンドとその周辺 

ブルーボトルコーヒーとタルティーン ベーカリー

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サードウェーブコーヒーの代表格ともいえる「ブルーボトルコーヒー」が2015年2月、アメリカ西海岸から上陸、東京の清澄白河に1号店を、青山に2号店をオープンするや連日の大行列となって、話題を呼んでいる。サードウェーブコーヒーとは、豆の産地や品質に徹底的にこだわり、自家焙煎の豆を挽き、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れるスタイル。日本で親しまれてきた喫茶店文化の影響を受けている。

 

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ブルーボトルコーヒーはサンフランシスコのベイエリアで同じく2002年に創業、もうすぐ代官山にオープンする「タルティーン ベーカリー&カフェ」の日本での運営にも携わる。

※4月に入ってタルティーン ベーカリーがブルーボトルコーヒー資本提携、日本での経営権がTHINK GREEN PRODUCEからブルーボトルコーヒージャパンに譲渡されたことで、出店計画の見直しが行われ、当初予定されていたログロード代官山での日本第1号店出店はなくなった。 f:id:mihokoshimizu:20150603205254j:plain

タルティーン ベーカリーはサンフランシスコ特有のサワー種で長時間発酵させて作る「カントリーブレッド」を看板商品としている。本国同様にタルティーヌやサンドイッチが楽しめるカフェを併設するが、パンには北海道産の小麦が使われる。土地が変われば水や酵母も変わり、使われる原材料も変わる。ここで注目したいのは、看板商品であるカントリーブレッドそのものを日本で再現することを目指しているわけではないということだ。

 

オーナーベイカーのチャド・ロバートソンさんが最も大切に考えているのは、挽きたての新鮮な小麦粉を使うということだ。素材の鮮度へのこだわりもまた、ブルーボトルのジェームス・フリーマンさんと共通する。チャドさんはもともと日本食びいきということもあって、小麦粉以外の素材も日本の風土や気候、土地の産物に合わせた商品展開を計画、それらが日本の食材の影響を受けるであろうことを楽しみに考えている。

今、新しいアメリカンスタイルに注目

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「New York Magazine」で "ニューヨークの朝食の女王" と評された人気レストラン「サラベス」は2012年、新宿に海外初出店して以来、パンケーキやフレンチトースト、エッグベネディクトなどアメリカンクラシックな朝食やブランチが終日楽しめる店として、若い女性に人気がある。

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その3号店が2014年7月、「ディーン&デルーカ」、「グランドセントラルオイスターバー&レストラン」、「シティベーカリー」などニューヨークの人気店が軒を連ねるJR品川駅の駅ビル「アトレ品川」にオープンした。日本では朝食メニューに力を入れてきたサラベスだが、そのイメージを一新、「モダン・ニューヨーク・ビストロ」をコンセプトに新たな客層にもアピールする。こだわりはローカルでシーズナルであること。国内で採れた季節の野菜を使った身体にいい料理を何種類かオーダーして、数名で分けあって食べるスタイルを提案する。

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かつてハンバーガーやドーナツなどのファストフードチェーンに見られたような、いつでもどこでも同じ味、大量生産大量消費のイメージはアメリカの食のイメージとイコールではなくなった。今はニューヨークやサンフランシスコなどアメリカの都市部の洗練された食の感覚を持つ個人店に注目が集まっている。

 

ブーランジュリーではなくベーカリー

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ここ数年のアメリカの人気店上陸の一方で日本のベーカリーシーンに興味深いひとつの傾向が見られる。お洒落の達人がドレスダウンするように、伝統的なフレンチに夢中だったパン職人たちが、その技術をもってアメリカンアイテムに臨んでいるのだ。

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リテイルベーカリーにおいて、筆者が最初にアメリカ風な傾向を興味深く感じたのは、2010年に横浜・元町にオープンした「ブラフベーカリー」の商品ラインナップを見た時だった。「ラ・テール」「アルティザン・テラ」などを経て独立した栄徳剛さんはニューヨークスタイルのベーカリーを始めたのだった。そこにはホットドッグやキャロットケーキ、ベーグルやドーナツ、シナモンロールなどが並んでいた。ベースにしっかりと上質な生地を作り、特製のフィリングなどを合わせる。そこにあるのは職人の仕事だ。

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栄徳さんにとってのニューヨークスタイルとは、多国籍から新しい味を取り込み、それを再構築し、自分の街のスタイルにしてしまうこと。アメリカのパンにはさまざまな民族の嗜好や慣習が混じり合っている。よい意味で伝統がなく、枠にはまらないからさまざまな未来の可能性を秘めている。

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ブーランジュリーに吹くアメリカの風

2014年はあちこちでアメリカの風を肌で感じた年だった。
フレンチスタイルにこだわりを持ったシェフたちはアメリカンスタイルのどんなところを取り入れたのだろうか。

 

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開店10周年を迎えた大阪の「ブーランジュリ ル・シュクレクール」では、シェフの岩永歩さんがコックコートを脱いでカジュアルなエプロン姿でパンを焼くようになった。パンもおおらかになったという。それは冒頭にも書いたタルティーン ベーカリーで研修をしたことが影響しているようだ。岩永さんはタルティーン ベーカリーの、「つくる」というより「育む」ようなパンとの向き合い方に共感する。そしてフランスのブーランジェのように、常に料理のあるテーブルについて想いを巡らしながらパンを焼く。彼のパンはガストロノミーレストランの料理人たち(こちらも今やフレンチに限らない)にも好評だ。そこではもうパリもサンフランシスコも関係なくなっている。形骸化されたフレンチやアメリカンのスタイルではなく、そのひとならではのパンであることの素晴らしさを岩永さんは知っている。

 

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京都の「ル・プチメック大丸京都店」では、フレンチスタイルにこだわってきた西山逸成さんが百貨店限定商品としてドーナツとベーグルを企画し、まわりをあっと驚かせた。ピンクやイエローなど色とりどりの、しかしナチュラルなフルーツのピュレで作られた砂糖衣を施したドーナツ。ベーグルサンドには「塩漬け豚とランティーユ(レンズ豆)」などフレンチ総菜を合わせる。

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料理人出身の西山さんは、食材や技術はフレンチの手法をとって、アメリカンなアイテムを再構築する。「アメリカが今の流れだし、時代に合ってると思う」。店舗の内装に余計な装飾を施さないところも西山さんの考える今どきのアメリカンスタイルだ。

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2014年末、銀座のフレンチレストラン、レカングループのパン専門店「ブーランジェリー レカン」がオープンした。そこではバゲットやカンパーニュの他に、ドーナツやマフィン、シナモンロールやコーンブレッドが並んでいる。

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職人の割田健一さんはフランスで開催された製パン技術を競う世界大会に日本代表として出場した経験も持つ。伝統のフレンチをベースにアメリカンなアレンジを加えたパンは、ブリオッシュ生地のベーカーズマフィン、マシュマロをトッピングしたギモーヴドーナツなど遊び心を含んでいる。レカンでアメリカンという意外性。しかしアメリカンといっても、フランスにルーツを持ちアメリカ南部で花開いたクレオール料理のような食文化もあるということに、割田さんは今、興味を持っている。

職人個人の考えに基づく創作
そのセンスとスタイルが問われる時代

かつて日本の職人たちの多くはフランスをお手本に製パン技術を磨いてきた。21世紀に入り、パンの伝統ある国フランスで日本の職人の製パン技術が世界最高水準と認められたことは、時代の一区切りかもしれない。次は何を目指すのか。

 

パリのブーランジュリーを凌ぐ素晴らしいバゲットが焼けても、そのパンの合う食生活はこの国の日常にはなりえなかった。しかし、日常ではないにせよ、ハード系の食事パンを愉しむ人口は確実に増えつつある。

 

今はどこの国のどの食文化ということではなく、職人個人の考え方に基づく創作、そのセンスとスタイルが問われる時代だ。伝統のある国々にルーツを持つ技術や文化を継承し、自国で再構築しているアメリカのスタイルはその自由度において、田舎風なおおらかさあるいは都会的な洗練において、これからも目が離せない。

 

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『NKC Radar』Vol.71(2015.5) p.23~24より転載  文・清水美穂子