芳美 ランドゥメンヌさんのパン時間

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』48人目のインタビュイーは、株式会社Maison Landemaine Japon代表取締役社長の芳美 ランドゥメンヌ(石川芳美)さんです。

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。 

 

パン屋の中にいること自体が好き、というか、私の人生そのもの

芳美 ランドゥメンヌ(石川芳美)さん 

株式会社Maison Landemaine Japon代表取締役社長

 

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パンが生きている、という感覚

20代、30代と日本でも店をしていたけれど、女性なのでいつまで現役でできるかわからないし、40歳を過ぎてどのように食べていったらいいかなぁと考えていて、それで留学エージェントの事業を立ち上げたんです。それがあれば無理のない程度にパンを焼きながら生活していかれるかな、と思って。

留学生の受け入れ先を、いろいろな店のオーナーにお願いしてまわっていた時、パリ・13区の「ブーランジュリー トルヴィアック」という店で、今まで見たことがないような素晴らしいパンに出合いました。パンが生きているの。すごくいきいきとして、生命力に溢れた感じ。このパン、すごいなぁと、すっかり魅せられてしまったんです。そこで、留学生の受け入れ先になってもらうのはもちろんですが、自分も「ここで働いてもいいですか?」とお願いしてしまいました。当時の私は流しでパンを焼いていたんですよ。フランスでは「エキストラ」っていうんですけど、困った時に呼ばれる臨時雇いの職人です。いつもコックコートと靴を持って、今日はあの店、今日はこの店とパンを焼いていたんです。

 

生地を感じる手を持つ人

その素晴らしいパンを焼いていたミカエルは現在、うちで統括シェフになってもらっています。彼はなんていうのかな、フランス語では「手を持っている」って表現するんですけど、生地を感じる手を持っている人なのです。

パンというものは、的確なタイミングを見抜けないとつくれないのです。私たちは量らなくてもお米を炊けるじゃないですか。水もこれくらいって、量らなくてもわかるでしょう?なぜできるかというと、小さい時からご飯を食べてきて、適当な具合を知っているからです。感覚が身体に染み込んでいるんです。ミカエルのパンづくりはまさに、それがすべてだった。彼のすごいところは、いろんな生地を仕込んで、タイマーなしで、全部ちょうどよく仕上げられるところ。彼に学んだことは、私のパン職人としての側面を形成したと思います。どんな環境でもパンを同じように仕上げられるのがマスト、という能力は、その時代に築きました。

 

酵母の香りを生かしたパンづくり

一番好きなパンは、長時間発酵の「バゲットトラディション」です。シンプルだけど、自分を表現できるパンだから。逆に、人のつくったトラディションを見たら、その人がどういうパンづくりをしているかがわかります。いいバゲットは、底が少し反って、裏側の端から1センチのところが浮いているんですよ。酵母を活かせるパンでもあるので、自分がつくった種に、一番適しているんです。私のトラディションは3日目もおいしいのが特長です。香りがいいですよ。私は酵母に魅せられて、この仕事に入ったんです。

朝食はこのトラディションを割ってグリルして、コンフィチュールを塗って食べます。フランスでオーガニックのいろいろな香辛料が粉砕されたものを売っているんですけど、それを紅茶とブレンドして豆乳チャイをつくり、毎朝ボウル2杯飲んでいます。至福の時です。

洋梨から起こした酵母種でつくったプチパンに、シェーブルチーズと蜂蜜と胡桃のサンドイッチという取り合わせも、すごくおいしくて好きです。いろいろな果物の特性を生かしてつくれるのもパンづくりのおもしろさだと思っています。パンもですが、パン屋の中にいること自体が好きというか、私の人生そのものですね。

 

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フルーツピュレ入りの「デザートハード™」

この数年、ブルターニュのフルーツをピュレにした商品を製造する「ラ・フルティエール」から依頼を受けて、フルーツピュレを入れたハード系のパンを開発しています。甘くないピュレなので、単に生地に入れただけではあまりおいしくないんですね。で、フランスではハード系のパンに甘味を加えるのはタブーだから入れないけれど、蜂蜜を10%ほど入れてみたらおいしかった。そこで、この新しいパンのカテゴリに「デザートハード™」という造語をつくり、自分のなかでおさまりをつけました。それからは早かったですね。次々に、カシスやイチゴのデザートハード™をつくりました。最近のヒット作はココナッツピューレ、ココナッツミルク、ココナッツロング、パイン、キウイ、そしてバナナを練り込んだ「ル・パン・デジル(島々のパン)」です。これはタンドリーチキン、タイカレーやグリーンカレーなど、スパイシーな料理に本当にすごくよく合うのです。辛味と香味と甘味の調和を、ぜひ味わってもらいたいと思うパンです。

 

芳美 ランドゥメンヌ(石川芳美)

経営者、パン職人。Masion Landemaine、株式会社Maison Landemaine Japon、Yoshimi Boulangère International (留学事業)創業者。広島でパン教室、パン店開業後渡仏。2006年にロドルフ・ランドゥメンヌ氏とパリ9区にMaison Landemaine1号店を開業。現在はフランスに15店舗。日本では2015年に麻布台に、2018年に赤坂にオープン。

(NKC Radar Vol.81より転載)

All Aboutの取材

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