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【Today's Toast 6】心をこめてトーストする。

パン屋さんで買った食パンを一枚、心をこめてトーストする。毎日一枚。
ある日は昔ながらの網で、ある日は遠赤外線など機能に優れた、最新式のトースターで。

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食パンの生地を分割する工程は、人間だとベテラン職人でも1分間に20個、大手製パン工場の機械ではその4.5倍の90個、しかも休憩なしに作り続けることができるという。

町のパン屋さんの食パンは、大手のパン屋さんの工場に比べて、つまり、ちょっとしかつくれない。

町のパン屋さんの売場のなかでは、菓子パンが12分程度で焼けて効率よく売ることができるのに対し、食パンは、40分から45分かかる上、菓子パンほどの価格がつけられない。菓子パンを焼いていたほうが2、3倍利益が出るという。

 

という事情を考えれば、町のパン屋さんの食パンは、つくりたい、というパン屋さんの意志で成り立っている。つくりたいのは、おいしい笑顔が見たいからだ。

 

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もし、あなたが今食べているその食パンがおいしくて、毎日食べたいと思ったら、その食パンのこと、大好きだって、わたしはこれが必要なんだって、パン屋さんに笑顔で言ってあげてください。

 

わたしはきょうも、トーストをつくる。
そしてゆっくり、大事に食べる。

 

リテイルベーカリーの今まで(2000~)とこれから

京都の木下商店さんの100周年記念セミナーで、基調講演「2000~2017年におけるベーカリートレンドと生活者の変遷」とパネルディスカッションで登壇させていただきました。

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17年分の写真や記事を掘り起こしての準備中、懐かしさのあまり何度も手が止まりました。いつのまにか17年です。自らの仕事を振り返るよい機会にもなりました。おいしさの向こう側に素晴らしいひとの仕事があり、おいしいパンに物語があるのは変わらないことだけれど、パンや店の在り方は変わり、多様化しました。私たちには今、たくさんの選択肢があります。「今日の私のベストパンをさて、どんなお店に一票投じるか?」All Aboutではこれからもそんな、こだわり消費のためのトピックスをこの情報化時代の読者に提供していくのだと思います。このますます多様化する世界の中で。そして私個人はやはり、日々のパンの本質的な小確幸について、Bread+something goodをテーマに書いていくのだと思います。

 

たくさんの(100人ほど来られた)ひとまえでお話をするのはいつまでたっても慣れないもので、ちょっと長くなってしまい申し訳なかったです。ご一緒していただいたル・プチメックの西山逸成さん、ブラフベーカリーの栄徳剛さん、THINK GREEN PRODUCEの関口正人さん、このような場にお声掛けくださった木下商店さん、日清製粉さん、ありがとうございました。

 

そしてお越しいただいた皆さまに、感謝しております。
ありがとうございました。

Today's Toast【5】イタリアの光の蜜。朝日も一緒に食べるバゲット。

朝日を身体に浴びると、身体がきちんと目覚めるのを感じます。冬から春、天気のいい朝は、東向きの窓の低いところから日が射しこむので、テーブルの上が一段と明るくなります。こんな日は、何を食べてもご馳走。

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いつものバゲットを半割にして薄いバターを挟み、上下をあわせてトーストして、
お皿の上で再び半分にしたものに、ハチミツをたっぷり。

 

バゲットの断面にはよく、蜂の巣にたとえられる気泡が、正しい発酵の証であるうつくしい半透明の気泡膜が見られます。しかし、それは蜂の巣ほど規則正しくはなく、さまざまな大きさとかたちをしています。

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気泡の空洞に溜まったハチミツは、光の蜜。

 

イタリア南端、シチリア島のレモンのハチミツは、決してレモンの果汁が入っているわけではないのに、レモンを想わせる爽やかでフルーティな味わいがあります。行ったこともないのに懐かしいのは、映画『ニューシネマパラダイス』や『ゴッドファーザー』のあの、悲しいほどくっきりと濃い、光と影の感じをなんとなく、思い出すからかもしれません。

 

さて、クラストがカリっとしているうちに、いただきましょう。
朝の光も一緒にね。

 

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Today's Toast【4】 セントル・ザ・ベーカリーで朝食を

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セントル・ザ・ベーカリーの朝。ドアをあけて中に入った途端、まるでどこか遠い旅先で、初めての食事をする朝のような、不思議な感覚にとらわれる。未知の風景。目の前に並んでいたのは、北欧のセシリエ・マンツのデザインによる「エッセイ」という詩的な名前のついた大きなテーブル。その上に思い思いのトースターをのせて、相席で、トーストを自分で焼いて愉しむ人々の姿があった。

 

銀座一丁目にある食パン専門店、セントル・ザ・ベーカリーの朝の光景を初めて見た時、そんなふうに書きとめました。ここは「ほんとうにおいしい食パンの専門店をつくりたい」というオーナーの、何年にもわたる計画の末に生まれたお店。焼きたてのパンで作られる、とびきり新鮮で上質なサンドイッチと、テーブルで自分でトーストする食パンが主役メニューです。

 

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お店に行ったら最初にすることは、お土産用のパンを買うこと。そうすれば明日も明後日も、うれしい朝が続き、家族ともシェアできる。このうれしい気持ちは、手間と時間をかけた本物の職人の仕事からくるものです。

 

いいものや、おいしいものといっても、その感覚はきわめて個人的なことです。「早く安く簡単に」が良しとされる時代、その逆を行くような職人仕事はちょっと大げさにプレゼンされてよいのです。銀座で、素敵なテーブルで。知ってもらわなかったら、消えてしまうかもしれない、尊い仕事だから。

 

真の職人仕事に触れられる場を、この世界に創出し続ける人がこのパンの向こう側にいる(これはとても大切な務め)。美しい家具が好きだから美しい家具にこだわって、肉が好きだからサンドイッチのための肉選びも半端ではない人が(これは大切な遊び心)。

 

そんなことをわたしは、セントルのパンを食べる時にいつも、思うのです。

セントル・ザ・ベーカリー

All Aboutベストパン2016

※トーストは家でも食べられるので、私は、ここではサンドイッチを食べます。フルーツサンドが一番好き。これは絶対に家ではつくれない。しかし、ハムサンドもたまごサンドも見た目は普通なれど、一瞬この世界が止まってしまったかと思うほど、そして次の瞬間には大切なひとにどうしてもこれを食べさせたい(食べさせたかった)と思う味なのです。迷う。だから食いしん坊はここへはひとりではなく二人以上で行きましょう。

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Today's Toast【3】魚トースト・バラエティ

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パン屋さんで焼かれたパンを切って、食べる前にもういちど焼く。
トーストは、家でパンをより美味しく愉しむために、パンに施す仕事だ。

『日々のパン手帖 パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー

「美味しいトースト」より

 

トーストというと食パンと考えがちだけれども、パン・ド・カンパーニュでもバタールでも、ベーグルでもいい。トーストしたらバターやジャムではなくて、魚をのせてもいいのです。

 

魚ですって?ええ、魚ですとも!

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たとえばカリカリにトーストした薄切りパンにオイルサーディンをのせて、レモンをキュ、としぼる。思わず白ワインをのみたくなってしまいますよ。なんといってもサカナですから。サバの味噌煮に大葉、なんていうのもいいでしょう。

 

でも昼間だったら、ツナにしましょうか。

 

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とびきり簡単なツナトーストには、おいしいビンナガマグロのオイル漬けの缶詰を使うことにしています。マスタードとマヨネーズでさっくり合えて、アクセントにはフルーティな甘さのプチトマトを、仕上げに粒の白胡椒をガリガリと挽いて。

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マスタード、マヨネーズ、そしてトマトには、それぞれ異なる酸味があります。それらが呼応しあってツナのオイルに馴染みます。ツナトースト、と書きましたが、こうしておいしいものを塗ったりのせたりしたオープンサンドのことを最近では「タルティーヌ」とも呼びます。なんということはない取り合わせで、ジャスタミニッツ!
たったの数分で結構素敵な朝食にありつけるのです。

 

すこし余裕がある日には、ツナにいろいろ加えて愉しみます。香りと食感を愉しむならセロリと赤ピーマンとクルミ。シックな大人っぽい味にするなら黒オリーブとアンチョビ。ヘルスコンシャスな気分ならアボカドとトマトとアルファルフアをたっぷり。

 

これはサンドイッチにも応用できます。

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トーストとツナ+something good(なにかいいもの)で、良い一日が始まります。

 

Today's Toast【2】 マーマレードとバターの例外

イギリスパンといったら、やはり、マーマレードとストレートの熱い紅茶の気分なのです。イギリス風にまとめる、ということもあるのですが、カリッとドライな食感に、柑橘系のトロリとした甘酸っぱさ&ビターさがちょうどよく合うのですね。

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薄切りにして香ばしくきつね色に焼いたトーストに、スライスしたバターをのせて10秒ほど余分に焼きたして、お皿に移したらすぐにマーマレードをのせて、黄金色の蜜が流れ出しそうなところを、サクっとかじります。ちょっと忙しいですが、至福のトーストを想えば、これをする価値はあるのです。

 

バターは塗るものではなく、のせるか、つけるもの。

 

これは作家の江國香織さんが書かれていたことで、わたしも同じ意見です。バターはつめたいかたまりが舌の上でとろける時こそが、最高においしい時だから。

 

ただし、蜂蜜やマーマレードと一緒にのせるなら、甘くとろけてもいいのです。トーストのサクサクとしたドライな食感を愉しむうちに、バターと蜜がしみじみと浸みてくる、その感じ。あらためてこの食べかたはいいものだなぁと気に入って、ついもう一枚、と手が伸びてしまうこともあります。

 

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マーマレードで気に入っているのは、たくさんの種類を揃えた英国王室御用達、Tiptree(チップトリー)の「クリスタルオレンジ」。マーマレードでありながら果皮の使用量を抑えており、ゼリーのようなまろやかな舌触りで、イギリスパンのトーストにはことのほかよく合います。

 

※そう、ゼリーのような食感が好きで、最初に大好きだったのはTiptreeのORANGE JELLYでした。よく横浜・元町の輸入食料品店で買っていましたが、そのうち見つからなくなってしまったので、それに似たCRYSTAL'ORANGEになりました。でも、またもや入手困難になってしまい、暫定的にいまはこれ。フランク・クーパーのMUSCOVADO。黒糖のコクのあるマーマレードです。スタンダードなORIGINALは次なるお楽しみです。

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バブカとは何か?Babkaが流行の兆しです。

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http://www.enjoytokyo.jp/style/103775/

2015年にLet's Enjoy Tokyo『お江戸日本橋パン的愉悦』で
マンダリンオリエンタルホテルのバブカのことを書いた。

ホテルへは、非日常のパンを買いに行く。
非日常だから、旅をしているような気分になるパンがいい。
たとえば、「バブカ」(280円)。

東ヨーロッパ発祥の、祝日に食べるパンだったのがアメリカ東海岸ニューヨークへ渡り、それからさらに東の東京、日本橋に着地したという、ロマンを感じさせるパンだ。

しっとりとしたブリオッシュ生地にビタースイートなチョコレートがふんだんに巻き込まれ、トッピングのシュトロイゼル(カリカリのそぼろ)がアクセントになっている。
小さいけれど贅沢なところが、大人っぽい菓子パンだ。これは週末の朝にゆっくり楽しみたい。

 お江戸日本橋パン的愉悦


「グルメショップ by マンダリンオリエンタル東京」は2014年3月のリニューアル後からバブカを販売していて、記事を書いた当時、私はここでしかそれを見たことがなかったけれども、NYではすでにブレイクしていた。

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バブカとは何か。

 

スイーツ愛好家のNiko Triantafillouさんが2015年、いくつかのバブカについて書いている。アレンジを施しながら進化させてしまうのは日本の職人さんの特権かと思っていたらNYも自由だった。バブカのクロワッサンにバブカのドーナツだなんて。

一般的なバブカは、濃厚なパネトーネのような生地にチョコレートやシナモンを巻き込んでいてトッピングにはカリカリのクランブル。

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マンダリンのはそれに沿いながら極めて丁寧に上質に、小さく仕上げている。
バブカはポーランドウクライナのほうの言葉で「小さなおばあさん」という意味だ。

 

もとはパネトーネのように大きく高さもあって、そのかたちが、おばあさんのプリーツスカートのようだから「おばあさん」を意味する「ババ」と呼ばれていたという。
とするなら、日本のバブカは超小型版、小さな小さなおばあさんだ。
それにしても「ババ」なんてぞくぞくする。きっとどこかで日本語と繋がっているのだ。

NYの友人からその名を聞いた時、スカートの話は知らなかったので、「なんでおばあさん?」と思った。おばあさんがつくるからか、と思った。「おばあちゃんのおはぎ」みたいな感じで。

 

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そもそもが、東欧のユダヤ系(Jewish)の家庭でつくられていた、チョコレートはもちろん、卵もバターも用いないもっと質素な、リーンなパンだったかもしれない。周辺にリッチなパンが溢れていて、どの店のどのパンがおいしい、などと言っていられる国と時代に暮らしていても、その感じは想像できる。

 

東欧ユダヤ系移民の多いNYでブレイクして一般の市場に広まり有名になったパンにベーグル(Bagel)があるが、ユダヤ系のパンというと、私はハーラ(Challah)のことも思い浮べる。ドイツのツオップのようにたまご色でほの甘い、編みパンだ。

 

ハーラはユダヤ教安息日の前の晩(金曜日の夜)に家族で食べるディナー用のパンだ。それはヨーロッパなどで日曜日に家族で教会に行った後に食べるクグロフやブリオッシュのようなリッチなパンと同じ役割だなと思う。

家族で囲む食卓。いつもよりちょっと贅沢な、ハレの日のパン。

 

ハーラも家庭で、おばあちゃんがつくっていた。その家の伝統の作り方があったかもしれない。ハーラの余り生地に、そこらへんにあったドライフルーツやスパイスを入れてアレンジメントを施したらおいしくて、ババが、やがてバブカが、生まれたかもしれない。

 

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いずれにしてもいまブレイクしているNYや東京でそれは、非常に贅沢な菓子パンになっている。東欧からアメリカ東海岸へそして極東の東京へ。

 

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マンダリンの後、昨年(NYに行っていながらバブカを取材しなかったことを反省している)私は東京のDean&Delucaでバブカのバリエーションに出合った。そして先日取材した大阪のミル・ヴィラージュにはチョコレートデニッシュのバブカがあった。

おいしいパンはみんなに愛され、世界を旅してしまうのだ。