パンのペリカン四代目 渡辺陸×ペリカンカフェ店主 渡辺馨 「守るものと変わるもの」

10月3日、神楽坂のla kaguにて、新潮社主催のイベント、パンのペリカン四代目 渡辺陸×ペリカンカフェ店主 渡辺馨 「守るものと変わるもの」進行役を務めさせていただきました。

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(c)新潮社写真部

ペリカンカフェオープン、書籍『パンのペリカンのはなし』出版、そして7日からの映画公開『74歳のペリカンはパンを売る』と、今、注目のパンのペリカンの歴史やそのパンのおいしさの秘密に迫ろうというイベントでした。

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(c)新潮社写真部

ペリカンの四代目、渡辺陸さんのひいおじいさん、武雄さんは1920年代に木挽町でミルクホールを経営しています。この時代の東京に行ってみたいなぁとよく思います。1942年にペリカンの前身「渡辺パン」を開業。この頃はまだ、いろいろなパンを売っていた。食パンとロールパンに特化するようになったのは1957年、おじいさんの多夫さんが会社を設立し、屋号を「ペリカン」にした頃です。

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(c)新潮社写真部


守るものと変わるもの。
『パンのペリカンのはなし』のなかで陸さんは、変わらないために世の変化に逆らうのではなく、変化にうまく対応することが大事というようなことを書かれていて、わたしはそれで、京都で300年続く料亭のご主人が大切にしている芭蕉の言葉を思い出したのです。

不易流行。時代に応じて変化していくことが、時代を超越して不変なるものとなっていく、という意味です。それはペリカンでいえば、販売の形態も時代に合わせて変わってきたことのひとつです。

 

というような話とともに、今のペリカンを支えるお母さんの馨さん(ペリカンカフェ店主)、ペリカン史の先端にいる陸さんと、ペリカンの魅力についてあらためて考えました。

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世の中は目まぐるしく変わっていきます。パンはなにかとブームにされがちで、
でも私はペリカンは、最初に訪れた時から、町のお豆腐屋さんのようなものだと思っている。みんなで守らなくてはならない大切なもの。

映画をきっかけに陸さんはペリカンの歴史や魅力をあらためて知ったり、確認されたといいます。映画に本にと「出過ぎですよね?」という陸さんに、でも、それはひいおじいさんやおじいさんがいま、頑張れ、と肩をそっと押してくれているしるしではないかと思う、とお伝えしました。

ひいおじいさんから続くパン屋さん。おじいさんが決めた、おいしい食パンとロールパンだけをつくる、ということ。みんなでがんばって手をかけて、大切に守り続けているものは、同時に、みんなのことも守ってくれているような気がしています。

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ペリカンの歴史やパン、ペリカンのパンを愛する人たちについてもっと知りたい方は、映画や本をぜひご覧ください。

 

発売中のDiscover Japan_FOOD 『いま、美味しい ニッポンのパン』では、ペリカンが愛される理由、パンの製造工程を始め、ペリカンカフェについてなど、記事を書かせていただいています。こちらもぜひ!

 

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「エスキス」成田一世さんインタビュー ガストロノミーとしてのパン。

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』45人目のインタビュイーは今年「Asia’s Best Pastry Chef 2017」受賞された「エスキス」のシェフパティシエ、成田一世さん。

 

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。

 

今の時代のおいしさは、素材の味を越さない方向にある
成田一世さん / エスキス シェフパティシエ

フランスとイタリアでパンの位置付けを認識

渡欧したての頃は何を食べても馴染まない感じがしていました。しかし3年、さまざまな地域で食事をし、イタリアでピンキオーリのシェフとして働き始めた頃には、料理とワイン、チーズ、フィレンツェの無塩パンの組み合わせが自分の味覚にしっくりくるようになっていました。ピエール・エルメや吉野建シェフと働く頃には、求められる味を提案できるようになったと感じました。その後ロブションのシェフとなり、10年近くロブションの料理の記憶が積み重ねられた頃に感じたのは、世界のガストロノミーの味わいが軽くなりつつある中で、当時パリのロブションで使っていたプージョランのパンが重くなってきていたこと。パンも料理に合わせて軽くしていく必要があると考え、そういうパンを作る方向に至りました。

エスキスの料理とパン

 ヨーロッパの人たちが来日した時、魅力的に感じてもらえるものを提案したいと考えています。エスキスはシェフのリオネル・ベカが日本の風土に根差した料理を作り、皿やカトラリー、ワイン、パン、最後のデザートまでのすべてのシナジー(相乗効果)を大切に考えるレストランです。ヨーロッパにないもの、ということを一番のポイントにしながら、料理やワインに寄り添うパンを焼いています。発酵のさせ方も日本酒の並行複発酵に近いのです。
リオネルの料理は味がとても淡いです。素材レベルの繊細な味。今の時代のおいしさは、素材の味を越さない方向にあると感じています。料理には「調理」と「調味」という要素がありますが、日本の料理はヨーロッパのそれと異なり、調理のバリエーションが多く、調味のバリエーションが少ない。調理した素材の味に対し調味をできるだけ控えた繊細な料理に合うパンは、白いご飯のような存在です。茶懐石のご飯ならまず「煮えばな」があって、「蒸らし」があって、最後に「おこげ」がありますよね。煮えばなはパンでいえば割ったときのおいしい香りです。だから焼きたてを食べさせたいわけです。そして一口噛んだ時、噛みこんでいった時、味わいはどう変わるのか。冷めたときのテクスチャーはどうなるか。それぞれの局面で理想の温度帯や香り、テクスチャーがある、そんな白飯のようなパンが今の料理に寄り添うと考えます。
私のバゲットはほとんどの味を発酵に使ってしまうので甘くはない。けれど発酵によるアロマがあります。最高級の日本酒が淡麗で辛口というのと同じです。噛み続けていると、口の中の水分を吸ってしまうのではなく、唾液がどんどん出てくる。最後に残る微かな酸味、これが重要です。唾液の量が食べものをおいしくし、食欲を増進させ、次の一皿が楽しみになる。それが私の考えるガストロノミーです。

パンもクロワッサンも軽く焼き戻すのが前提

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パンは基本、焼き戻しておいしくなかったら駄目です。湯気の中に香りが広がります。だから一度温めて食べて欲しい。クロワッサンにフレッシュフルーツや生クリームを盛りたければ、家で温めなおしてからご自分でアレンジすることをお薦めします。それが本当においしい食べ方だと思いますから。
エスキスのクロワッサンは日本の発酵バターを生地の中で発酵させ、フランスの風味に近づけています。バターは対粉80%。発酵生地だけれどフイユタージュのように層も薄く、甘くない。一般的に日本のクロワッサンは甘過ぎて、ジャンボンクロワッサン(ハムサンド)など作れない気がします。

素材の味を越さない料理との相乗作用

小さい時に長く入院して、その時期に味覚が出来上がったことはラッキーだったと思っています。病院食っておいしくないけれど、病気に影響しない必要最低限の栄養が含まれていますよね。そこが今、食の世界で注目されてきているところだと思います。調味し過ぎずに食べることが大切に考えられるようになってきている。そういう意味で甘いクロワッサンやしょっぱいフランスパンには疑問を感じますし、ふすまをいっぱい入れたパンは消化器官に負担をかけないのか心配になります。  
今、何をどうやって食べるのが幸せなのか、考え直す時期に来ていると思います。それは今までのインフォメーションを覆すことになるかもしれませんが、ヨーロッパの人々が日本の食生活を真似て鮨を好んで食べる時代には、ヨーロッパの伝統的なパンをそのまま真似るのではなく、時代や土地の食文化に合ったパンのおいしさを求めなくてはならないと考えます。料理とともにあって、相乗作用あってこそのパンだと思うのです。

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成田一世 / エスキス シェフパティシエ
1967年青森県出身。1999年パリ1ツ星「ステラ・マリス」、フィレンツェの3ツ星「エノテカ・ピンキオーリ」、2000年帰国後、「ピエール・エルメ」、「レストラン タテルヨシノ」「シャトーレストラン・タイユバン・ロブション」にてシェフパティシエを務め、2007年渡米。NY「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」へ。NYタイムズ誌「Best of New York」をパンとデザート部門で受賞。2009年台北の「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」のエグゼクティブ・シェフに就任。2012年「エスキス」のシェフパティシエ就任。ケーキ、焼菓子、チョコレート、パンを統括。「Asia’s Best Pastry Chef 2017」受賞。


(NKC Radar Vol.78より転載)

『わたしの素敵なパン時間』Back Number

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いよいよセントル ザ・ベーカリーがパリ進出~CARRÉ PAIN DE MIE

食パン専門店「セントル ザ・ベーカリー」がこの秋、フランスに進出します。
場所はパリのマレ地区とポンピドゥセンターの間。

パリの店名はCARRÉ PAIN DE MIE(カレ パンドミ)
CENTREのショップロゴ「C」がCARRÉ(角) の「C」になります。

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セントルといえば国産小麦「ゆめちから」と「きたほなみ」の角食パン「JP」をはじめとする3種類の食パンを製造販売し、併設のレストランでサンドイッチやトーストを楽しめるお店ですが、パリ店も同様で3種類は日本国産小麦の角食パンのほか、フランス産(VIRON)の小麦粉を用いた角食パン、山型食パンを予定。

そしてまた、セントル同様のサンドイッチも予定されており、フルーツサンドもあればカツサンドも、トースターをいろいろ並べて好きに焼いてもらうスタイルも。価格も同等クラスを予定。フランスでも柔らかいパンのニーズが確実に増えているそうです。

オープンは10月に予定されています。

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CARRÉ  PAIN DE MIE(カレ パンドミ)
住所:5 Rue rambuteau 75004 PARIS


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74歳のペリカンはパンを売る。

10月にユーロスペース他にて全国順次公開予定の映画『74歳のペリカンはパンを売る』の試写を観てきました。

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浅草の人気店「パンのペリカン」のドキュメンタリー映画です。

74歳とは1942年、初代の渡辺武雄さんが浅草でパン屋さんを創業した年から数えたこのお店の年のこと。

 

80分の映画の中には、四代目の渡辺陸さんを中心に、食パンとロールパンだけを作ると決めた二代目多夫さんの志を引き継いだ人々と、ペリカンを愛するお客さんたちの自然な言葉が収録されています。

 

店の前で、ペリカンのパンの味について尋ねられた常連の男性が、空気だったか水だったか、普段はとくに意識しないけれど大切なものにたとえて、普通だよ、でも必ずまた、食べたくなるんだよね、というようなことを言った。


これは私も、多夫さんや、多夫さんのご家族から直接聞いたことがある、この店が大切にしていること、そのものでした。

 

ペリカンのパンを食べたくなるとか、ペリカンという店への理解が深まるとかいう内容ならば私も、ウェブサイトや本やテレビ番組でご紹介してきたことでしたが、映画は、それに加えてなにか、仕事について考えるきっかけをつくってくれたように思いました。
というか、そこがとても重要なポイントだった気がする。

 

なかでも、40年以上もペリカンの味を守り続けているベテランの名木さんの言葉が響きました。

 

職人であるよりもまず、人間なのだから、という仕事の仕方。
自分はどんなふうに自分の仕事と向き合っているか。
この映画を観たひとは、考えさせられるに違いない。

 

テレビ東京の番組を観たことがこの映画製作へのきっかけとなったというプロデューサーの石原弘之さんと監督の内田俊太郎さんは陸さんと同世代。
若さと、温かさを感じる映画でした。

 

私は二代目の多夫さん、三代目の猛さん、四代目の陸さん、そしてご家族や名木さんはじめとする従業員の皆さまに、お客としてもジャーナリストとしてもお世話になってきました。

そして今でも浅草に行くたびに、多夫さんから聞いた東京大空襲の話を思い出します。浅草は焼け野原になり、その後で多夫さんによる、今のペリカンの歴史が幕を開けたのです。

町の人に囲まれて、時代を超えてゆるぎないブランドを守り続けているペリカン。そのペリカンが大切にしていることが詰まった映画です。

 

All Aboutの記事(2009年)

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BREAD&CIRCUSのレシピブック

ついに出版されました。

『BREAD&CIRCUS 粉からおこす自家製天然酵母のパンづくり』
(寺本五郎 寺本康子著 柴田書店

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旅先の思い出や海外の文献をきっかけに生まれた
ブレッド&サーカスのパンづくりは独特です。

 

最初にブレッド&サーカスのパンを目にしたとき、

どこか遠い国のパンのようだと感じました。

あまり見かけない、味わったことのないパンばかりだったからです。

 

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しばらくしてから「また食べたい」と懐かしく焦がれるような気持ちになるのも、
昔、旅先で食べたパンのようだった。そういう気持ちになったときに、ほかの店のパンでは代えがきかなかった。


ブレッド&サーカスのパンはブレッド&サーカスにしかないものだった。
この本を読んで、腑に落ちました。

 

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ブレッド&サーカスのパンづくりは、

大きな木の実のような固形種から始まります。

 

一番最初に全粒粉と水をこねて、まるいかたまりをつくり、
それを全粒粉の中に埋めておき、掘り出しては固くなった皮をむき、
粉と水を足してこね……という工程をなんどか繰り返し、
10日ほどかけて固形種をつくり上げます。

その一部から3~4日かけて液種(ホワイト、ライ、全粒粉の3種のスターター)を、

さらに発酵促進や風味のための発酵種(バームとビガの2種類)をつくります。

そしてようやく、それぞれのパンの生地種の準備に入るのです。

 

ここまでで、目をまるくするか、逃げ腰になるか、考え込んでしまうか、
ひとによってさまざまな反応があると思います。

 

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「実験のようで楽しかったとも言えます」
と康子さんは書いていますが、独学でレシピを確立し、

20年近くも店を営んで来られたその道のりは、さぞ大変だったことでしょう。
大変で大変で、しかし、おもしろかったことでしょう。

 

それは既にある道を辿るのではなく、自分たちで一歩一歩切り開いて行く道です。
参考にするもの、目印にするもの、途中の景色もまた、独自のものであったはず。
独自のもの……人生そのもの、かもしれません。

 

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「これまでの人生経験すべてが、パンづくりに生かされている」という話は
2011年に朝日新聞出版のMOOK『おいしいパンBOOK』で書かせていただきました。
いま、ここにあるのでちょっと、引用します。

 

例えば、アメリカの美術館のカフェでサンドイッチを味わいながら、「こういうパンを日本でも食べたい」と思ったこと。ワシントン・ポスト紙で目にしたパンのレシピ。老夫婦ふたりで切り盛りしている田舎のパン屋さんの温かい雰囲気を思い描くこと。そうした経験やイメージが、オランダに古く伝わる「デイズム」という田舎パンとなって店に表れるのです。
AERA MOOK『おいしいパンBOOK 食べる楽しみ、作る喜び』 (朝日新聞出版 2011)「湯河原発、世界中を旅するパン屋さん」より

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こんなふうに生まれた世界15カ国のパンを、誌面では世界地図の上に載せました。
パンの仕込みについても少しだけ書きましたが、それは本当に一寸だけ。
いま、あらためてその詳細な過程を目の前にして、静かに感動しています。

 

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つい先日、日本橋能登上布というそれはそれは美しい麻のきものを見ました。
蝉の羽のように薄く涼しく空気をはらむ、贅沢な夏の普段着です。
一生ものとも言われています。

それは日本でたったひとつの織元の職人さんによる、想像を絶するような手間と

時間がかけられた手仕事の到達点でした。

 

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きものとパンを同様に考えてはいけないかもしれませんが、いずれも職人さんの手によって、素人にとっては気が遠くなるような細かな工程を経てつくられる上質のもの、というところが共通しています。
麻の糸を染めるまでがおそらく、このパンでいう生地種の準備のところだろうかと
そこまで考えて、ほーっとため息をついています。

 

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「パンは食べてしまえば消えていきますが、

おいしい記憶や誰かと囲んだテーブルの記憶は、

一生、人を温めつづけてくれます」

 

今書いているBread Journalの文章に添えるために、

過去に撮ったブレッド&サーカスのパンの写真を眺めていたら、

思い出がまざまざとよみがえってきました。

 

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2004年頃だったか、私はブレッド&サーカスのことを読者に教えてもらい、

最初の取材をさせていただきました。

その後、毎年恒例の「All About読者が選ぶベストパン」の人気投票で、

ブレッド&サーカスは2007年~2010年までの4年間、連続で第1位を受賞して、

2011年に殿堂入りをしました。

 

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ブレッド(おいしいもの)&サーカス(たのしいこと)。

 

そのパンを囲んで、家族や友人とのかけがえのないひとときを過ごしたひとも
少なくないことでしょう。わたしの両親もブレッド&サーカスのパンが好きで、
晩年にふたりで店を訪れて、楽しいときを過ごさせていただきました。
そういえば、義父母も連れて行ったのでした。

ほら、おいしいものって、大切に想うひとたちに食べさせたくなるでしょう?
そんなふうに私にも、一生ものの幸せな記憶がいくつもできました。

 

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そんなパンのつくりかたの本です。
未来のパン屋さんに、こういうどっしりとした味わい深いパンを

ぜひ焼いてほしいなぁ。

人を幸せにする仕事がその人生の一部となって久しく、

現在も日々真摯にパンづくりに携わっておられる五郎さんと康子さんを

尊敬しています。

 

味わい深い人生に、乾杯。

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ブラフベーカリー 栄徳剛さんのパン時間

食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする連載『わたしの素敵なパン時間』44人目のインタビュイーはブラフベーカリー オーナーシェフ、栄徳剛さんでした。

食のセンスのあるひとたちはどんなふうにパンを食べてきたのか、今、どんなふうにパンと関わりあっているのか、お聞きしたいという想いがあって、この企画が続いています。貴重なお時間を使ってご協力くださった皆さまと、連載の場をつくってくださったNKC Radarに心から感謝しています。

 

今、子供たちを喜ばせるようなものを作りたい
栄徳剛さん / ブラフベーカリー オーナーシェフ

 

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アメリカのちょっと甘いカントリーブレッド

20代の時にアメリカのナッシュビルで、ちょっと甘くて柔らかいカントリーブレッドに出合いました。アメリカには、見た目はハードなのに甘い味のパンがいろいろあるんですよね。そこにはパンの伝統がある国にはないおもしろさがありました。

 

料理に合わせるのは甘くないリーンなパンでなくてはならない、という定説みたいなものがあるけれど、アメリカでは甘いのがあってもいいんだな、自由でいいなと感じたのはその頃です。ただ甘いだけではなくて、ヘルシーにグレイン(雑穀)入りだったりするんですよね。

 

あれはハワイだったかな。家族でレストランに行った時、最初にパンが出てきたパンの中に甘いパンがあって、それを子どもたちが喜んで食べているのを見てふと、「料理に合わせるパンって何だろう?」と思ったんです。その時に思い浮かんだのがケロッグのコーンフレークスのことです。たぶん子どもたちは甘いパンを甘いシリアルの感覚で食べているんだなって思ったんです。そこから「ハニーグレイン」というパンを作るに至りました。シリアルはいろいろな種類があるから、ヒントになりますよ。そういう、子供たちを喜ばせるようなものを今、作りたいと思っています。

 

ハニーグレイン誕生秘話

ハニーグレインは石臼で挽いた粒度の粗いライ麦全粒粉にグレインミックス(ゴマ、ヒマワリの種、大豆など10種類ほどの穀物を粉にしたもの)、そしてライ麦と相性の良いココアをほんのり入れています。穀物特有の匂いを和らげるためにハチミツを入れていますが、甘さはハチミツだけにせず、砂糖も使います。この「甘くする」ということが

結構難しくて、どこまで砂糖を合わせていけば甘く感じるか何度も試した結果、食パンと菓子パンの中間の甘さに調整しています。

麦の味を活かすという目的で作るなら、ライ麦パンを甘くしちゃいけないと思うんですよ。でも自分がやりたいのはそこじゃないな、という想いがあるんです。

 

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味に深みを出すためにルヴァン種、そして雑穀のパンはある程度、噛みしめたほうがおいしいので、パネトーネ種を合わせています。パネトーネ種の乳酸菌は噛み応えに一役買ってくれました。噛み応え……最近よく考えるのは食感のことですね。これからは食感をデザインする時代だと思っています。こういうふうに口に入って、噛んで、溶けていくならどう溶けていくのか。口どけや噛み応えのために、素材や製法を考えるんです。ものすごく複雑なことをひとつのハニーグレインに納めているのです。その代わり、買った人は切るだけでいい。2センチくらいの厚さに切ってそのまま食べるのが一番おいしいかな。食事パンというより、ぱっと食べてもらえる、それで栄養もとれるパンにしたいと思いました。

 

ハニーグレインはベーシックなものの他、クリームチーズやドライフルーツの入ったものを作りましたが、ローズマリー&レーズンとか、イチジク&アニスとか、ハーブやスパイスを入れたものもこれからもっと作りたいと思っています。

 

忘れられないパン

忘れられないパンは、親父の店「フロリダ」の食パンです。ぼくは親父には習わず、学校で勉強して、パン職人としての育ての親はフランス人で、流行っている店で修業もしたからなんでも作れるような気分になっていたんです。食パンももちろん作れるよ、と。それが、久々に家に帰ってきて、親父の食パンを食べたときに、涙が出たんですよ。「これ……!おいしいなぁ……」って。食べた時、自分の中にあったおいしいもの、懐かしいものの記憶がわーっと蘇ってくる感じ。

自分の中の食パンの理想はここにある、と思いました。今、ブラフベーカリーで作っている「ホワイトブレッド」はそれに近い食パンです。

 

個人的にすごく好きなのは、キタノカオリのもちっとした食感があって、トーストするとサクッと歯切れがいい「ブラフブレッド」です。サクッという食感のためには生クリームをいれています。ホワイトブレッドがスタンダードな食パンなら、親父の時代に「上食」と呼んだのがこのブラフブレッドです。これは今、一番人気のパンです。トーストしてバターをのせるだけで最高においしいんですよ。この7月、カフェを近くにオープンさせるんですが、そこではこのブラフブレッドを使った上質なモーニングを提供する予定です。

 

栄徳剛 / ブラフベーカリー オーナーシェフ

 1976年横浜・石川町のベーカリー「フロリダ」を営む家に生まれる。1996年東京製菓学校卒業後、横浜・本牧にあった「ラミ・デュ・パン」に勤務。その後「ホリデイ・イン」(現「ローズホテル」)、「グランカフェ新橋ミクニ」、東京・三宿ブーランジェリー ラ・テール」「アルティザン・テラ」を経て、2010年、横浜・元町にアメリカンスタイルの「ブラフベーカリー」をオープン。 2017年はブラフベーカリーの出張所とカフェをオープン予定。

(NKC Radar Vol.77より転載)

『わたしの素敵なパン時間』Back  Number

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【Today's Toast 8】 クマのプーとハニートースト

「世界中でいちばん、どんなことをするのがすき?」
と聞かれたら、なんと答えるだろうか。

ニートーストを食べながら、思い出した。
クマのプーさんはそれを懸命に考えたのだった。

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プーさんはディズニーよりもErnest Shepardのやさしい絵がすきです

 

ハチミツをたべることは、ずいぶんいいことではありましたが、たべるよりちょっとまえに、ほんとにたべているときより、もっとたのしいときがあります。でも、プーは、それをなんと呼んでいいのかわかりません。
プー横丁にたった家』A.A.ミルン作 石井桃子

 

プーさんの本は子供のころから親しんで、いま読んでもいい本だと思う。

「世界中でいちばん、どんなことをするのがすき?」なんて、まるっきり子供の会話なのに、心の奥の深いところに温かく届く。

この時食べていたのは、ブーランジェリースドウの「ハニートースト」。

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こんなにおいしそうにカリリと硬質に焼き上がるのは、コンベクション(対流式)オーブンの強風が表面をキャラメリゼしているから。厚切りトーストのバリエーション上に革命的に登場した、魅惑のハニートースト。

 

パンとハチミツ。昔からある、あたりまえの組み合わせなのに、新鮮。この店には他にもそういう組み合わせがある。たとえばロールパンとチョコ、とか。つくるひとにセンスがあるのだと思う。

ブーランジェリースドウに行こうと思ったのなら、まずは食パンの予約を忘れずに。世田谷食パンなる角食パンと、世田山食パンなる山型食パンは、いまでは予約せずには手に入らない人気の食パンだからです。

型に蓋をして焼いたら角食パン、蓋をしなかったら、のびのびとふくらんで、山型食パンに。同じ生地なのに違う味わいが楽しく、どちらも朝のトーストが待ち遠しくなります。

ブーランジェリー スドウ(松陰神社前) [パン] All About