仁瓶さんのリュスティック
インタビューを受けたときに、すきなパンは、と聞かれたので、
職人の人生が透けてみえるようなパン、と答えたあと、
ドンクですきなパンは、と聞かれたので、
仁瓶さんの焼いたロデヴやリュスティック、と答えた。
かぐや姫の願い事か。
なかなかたべられないものだ。
希少だから情報誌なら却下されてしまうにちがいない回答だ。
しかし、今回はよくある「オススメコメント」とは異なり、
わたし個人をクローズアップするインタビューだったので
ライターさんがうまく記事にしてくださった。
インタビューはいつもする立場であって、されることはすくない。
得意ではないが、逆の立場というのは勉強になるとわかった。
話したことと違う文章になっていると、衝撃を受ける。
自分もそんな思いを相手にさせてはいまいか。
いそいでなおしながら、がっかりしている自分がいる。
伝える仕事をする者として、伝えるの力がなかったのだ
という事実を、つきつけられることになるから。
そうした経験も、有り難いことだとおもう。
記事を読まれた仁瓶さんが、奇跡のように連絡をくださった。
あまりたべる機会ないでしょ、こんど焼くから、都合がついたら
取りにきて、と言ってくださったので、飛んで行った。
リュスティックは、記憶の通り、素晴らしい味がした。
それは細長く焼いたものだった。クラストは薄くパリッと焼けて
水分をたっぷり湛えた半透明の気泡を持つクラムを包んでいた。
もっちりとしていながら、どこまでも軽やかで、口の中で甘く、
やがて儚く溶けた。
1954年にレイモン・カルヴェル教授が伝えたというバゲットは
『Bon Painへの道』でも紹介されている。
それもまた、冷凍保存する間もなく、夢のように消えてしまった。
すごくトクベツな素材を使っているわけではないのに、トクベツなパン。
それは原材料の産地や銘柄、配合や製法だけによるものではないだろう。
職人の技によってトクベツになるのだ。
まえにリュスティックをたべたのは、出版記念の集まりのときだった。
ドンク仁瓶利夫と考えるBon Painへの道: Bread Journal
今回インタビューしていただいた記事
『月の本棚』清水美穂子のBread-B
パン屋さんっぽくないル・プチメックのサイトで、
ブレッドジャーナリストっぽくないコラムの連載が始まりました。
http://lepetitmec.com/archives/author/mihoko/
最初に話をいただいた時のこと。
何を書いてもよいけれど、禁止事項はル・プチメックのパンの話
と聞いて、ル・プチメックのパンは個人的にすきなので、
その魅力についてならいくらでも語れるのにな、とおもったけれども、
求められていることはべつにあった。
サイトをみると、素敵なウェブマガジンになっている。
ル・プチメックの隊長、西山逸成さんの書くことはもちろん、スタッフも
さまざまな執筆者のコラムもおもしろい。
ここは、ル・プチメックの隊長、西山逸成さんの+something goodの場所なのだ。
西山さんは読書家だ。読書好きは忙しくても食事をするみたいに本を読む。
西山さんとは昔から、読んだ本の話をよくするので、
それならわたしは本について書こうと考えた。
わたしは空を眺めるように本を読む。
書く場所がまたひとつ、できてしあわせです。
山のパン屋さん
一日、冬休みをいただいて河口湖へ。
伊豆箱根方面に行く時にブレッド&サーカスに寄るような感じで
あきる野のラ・フーガス経由で。久しぶり。
そして河口湖の帰り道……
山道で、小さな看板を見つけて引き返す。
なんとなく惹かれたので、車を降りて、敷地に入っていくと、
パン屋さんも、レストランもクローズしているようだ。
すると、店主らしき男性が店の中から出て来る。
そのひとはこの店のシェフで、なぜいまクローズしているかの話になり、
きょうはこの家にとってどんな日かの話になり(素敵な話だった)、
いつの間にか店に招き入れられ、パンを焼くマダムも帰ってきて、
夫の料理にあわせるパンを焼くために、レイモン・カルヴェル先生の本で
勉強したのだと教えてくれた。
そして、お店はクローズしていたのに、わたしの手にフランスパンが1個。
通りすがりだったのに、なんて親切な。
こういうのは、予定のない旅のおもしろさだ。
春には再開されるというので、次の機会にはきっと伺おう。
パンは翌日焼いてたべた。2日は経っているのに香ばしくて旨みのある、
料理のためのパンだった。
クロナッツの次なるハイブリッドスイーツ
マンダリン オリエンタル 東京のグルメショップで
新しいパンに出合う。
MO Cruffin(Mandarin Oriental Croissant Muffin)
ドミニクアンセルベーカリーのクロナッツ(クロワッサンドーナツ)
みたいなハイブリッドスイーツ、その名もクラフィン(クロワッサンマフィン)。
クラフィンはクロワッサン生地をマフィン型で焼いている。
焼き上がったら、クリームを絞ったりトッピングを施したり。
いま、ラズベリーカスタード(ラズベリージャムとカスタードクリーム)
プラリネ(キャラメリゼしたヘーゼルナッツクリーム)
コーヒー(コーヒークリームとクリームチーズフォンダン)
があるが、バリエーションは無限大にちがいない。
クラフィンはサンフランシスコ発祥。
マンダリン オリエンタル 東京は、バブカといい、他ではなかなかみかけない
スペシャリテがいくつもあって、目が離せない。
ブーランジェリーレカンにも、ベーカーズマフィンなるものがあった。
ベーカーズマフィンはブリオッシュだ。
お洒落の達人がドレスダウンするように、伝統的なフレンチ一辺倒だった
パン職人たちが、その技術をもってアメリカンアイテムに臨んでいる。
自由に、ますます洗練されて。
sens et sens 菅井悟郎さんのパン時間
食に関わる仕事をする人に日々のパンについてインタビューする『わたしの素敵なパン時間』40人目のインタビュイーはsens et sensオーナーシェフの菅井悟郎さんでした。
多くの方に読んでいただけたらと思い、NKC Radarの許可を得て転載します。
毎日食べても毎回新しい発見があるような同じものをつくりたい
菅井悟郎さん / sens et sens オーナーシェフ
プロシュートとグリュイエールチーズのサンドイッチ
プロシュートとグリュイエールチーズを挟んだリュスティックのサンドイッチがあります。バターはパンに塗らず、チーズとプロシュートの間に挟んでいます。なぜか?プロシュートとグリュイエールはどちらも熟成が深く塩味がきついので、普通は一緒には挟まない。でも一緒に食べることができたら、すごく濃い旨味を感じられておいしいよな、と思って方法を考えたんです。甘味の強い私のリュスティックなら受けとめられると思いました。それと、バターを真ん中に挟むということと。
サンドイッチを解体すると下から、甘味のリュスティック、しょっぱいプロシュート、バター。バターは甘いじゃないですか。しょっぱいチーズ。最後にリュスティック。甘いのとしょっぱいのが交互になっています。脂分が溶けにくいプロシュートを室温に戻しておき、溶けやすいバターは食べる直前に冷たい状態で挟むことで、プロシュートの脂とバターが口中で同時にスッとなくなります。チーズは極限まで薄く切っているのでそれに続きます。「しょっぱい」瞬間に「甘い」と感じさせると、両方とも良い要素として意識される。どちらかに連続して寄っていかないように挟んでいるんです。キャラメルもそうですよね。甘いから苦いのがおいしく、苦いから甘いのがおいしい。塩キャラメルってありますけど、甘い苦いにしょっぱいもあって、感覚が移動するから飽きず、味覚の快感になっていくんです。
夜も眠れないほどバターのことを考える
薄切りの冷たいバターを乗せたパンは、バターとパンが異なるものとして口に入って、あとから一緒になるおいしさです。バターが溶けてパンと一体化したトーストを食べて「このバターおいしいね」とはなかなか言わないと思いますが、それはバターが脇役に回っているからです。私は、パンもバターも両方主役にしたいんです。
バターをひきたててあげてこそ、バターはパンを引き立ててくれます。パンのことだけ考えたらバターは気分を悪くしてしまいますよ。
私は、ものには魂があると思っています。こっちが考えてあげていないのに力にはなってくれないですよ。バターのことを夜も眠れないほど考えたこともあります。メーカーの商品の味を知るということばかりではなく、バターというものが一体どういうことになっているのか。なぜあの状態で、どういう性格で、どうされたいのかということです。
人間でも「人間ってものはこうしたら喜ぶだろう」とひとくくりに何かされても、その人にあてはまらなかったら喜んでもらえないですよね。そのバターがこうしてほしいと言っている、このパンはこうしてほしいと言っている、という声を汲んだ上で、どうやってまとめたら全員が喜ぶか、私がまとめ役ということです。材料がそれぞれ引き立て合いながら全員が主役になっている、という考え方でつくっています。
お客さんの心の微笑みになるかどうか
私にとって、パンは手段であって、好きだからつくりたいということではないんです。自分がつくったものでお客さまが喜んでくれて、心の微笑みになったかどうかがすべてなんです。
プロのボクサーを目指していた頃、メンタルトレーニングの一部で、きつい減量のストレスを抜くために週に一食だけ、好きなものを食べてもいいという時があったんですね。その時、母がどこかで買ってきたパンがすごくおいしかったんです。そのパンがどうというよりも、パンでこんなに幸せな気持ちになれるんだと知ってすごくワクワクしたんですよ。自分もそういうものを人に提供できる側にまわりたい。パンを使って私も人を幸せな気持ちにしたいと思った。それがパンをつくり始めたきっかけなので、コーヒー一杯でもそういう気持ちになってもらえたらいい。
毎回新しい発見があるような同じもの
パンのメニューは意図的に変えないようにしています。1回食べておいしいものはいっぱいありますが、何回食べても飽きないものをつくりたいのです。毎日、死ぬまで食べても毎回新しい発見があるような同じものをつくりたい。2016年1月で3年になりますけども、3年間同じものを食べているお客さまもいらっしゃいます。味がわかっているはずなのに慣れない。メニューは同じもののように見えて進化しているんです。
菅井悟郎/ sens et sens オーナーシェフ
1976年千葉県生まれ。大学卒業後フランス菓子の学校を経てパン職人になり、2004年、千葉・おゆみ野にパン店「Le Coeur」を開業。行列のできる人気店となるも10周年を目前に閉店。2013年、町田・つくし野にパンと有機野菜料理、スペシャルティーコーヒーとデザートがゆっくり愉しめるカフェ「sens et sens」(サンス・エ・サンス)をオープン。著書:『最高においしいパンの食べ方』(産業編集センター)
『NKC Radar』Vol.73 p.10より転載
Back Number
ニッポンの美味しいパンと、最近のこと。
このBread Journalも今年で13年目に入ります。
Bread JournalのFacebookページのほうは2011年からですが
おかげさまでフォロワーが5000人を超しました。ありがとうございます。
わたしは、「書きたい」と思ってこの仕事を始め、そのために取材活動をしているのですが、取材してきた情報を、べつの方が書くためにほしいと請われたり、
データとコメントだけを求められたりすることのほうが多かったり、
仕事を選べる立場ではないし、どうしたらいいんだろう?
と行き詰ったこともありました。
でもそれは昨年あたりで一段落したと思っています。
気がつけば、以前よりずっと、書かせていただけるようになっていました。
本当に、有り難いです。遅いですが、ゆっくりでいい思っています。
これからますます精進していきたいと思います。
年末年始は、別冊Discover Japanの『ニッポンの美味しいパン』の取材と執筆に明け暮れていました。昨年の月刊の特集がとても好評だったので、こちらはわたしだけでも、あらたに50ページほど書きおろし、MOOKとして新しく出版された永久保存版です。
Discover Japanならではの切り口は、日本で独自に発展を遂げてきたパンをクローズアップしているところ。そのほかに、最近のおいしいサンドイッチ情報など、もりだくさんです。
そういえば、Discover Japanらしさというのは、メニュー全品紹介!とか、大きさを計測して記録していることにも見られると思います。
いまはガイドブックの役割を担い、20年、30年経つと、この時期のニッポンのパンのひとつの貴重な資料になるのではないかな。そうだといいな。
*
最近UPしている記事です。
All About読者が選ぶベストパン★2015発表しました
毎年恒例、All About読者が選ぶベストパン★2015を発表しました。
結果は……是非読んでくださいね。
きょうはここで、ベストパンの裏側について書こうと思います。
今から10数年前、All Aboutでベストパンの投票が始まりました。
読者はどんなパンやパン屋さんが好きなのだろう?という、
わたしの、個人的な興味で始めた企画でした。
皆が好きなお店を知りたい。それについて書いてみたい。
ということでした。
年末の一番忙しい時に、勝手にランキングをしておいて
ランクインしたお店に「ひとことメッセージを」とお願いしたりするのは
いつも大変恐縮なことだし、毎年、もう今年で終わりにしようか……
という気持ちもよぎるのでしたが、楽しみにしてくださる方が多く、
やめられないまま今に至ります。
毎年、集計が出てから記事公開までの1週間あまりで、
読者コメントをコピーして、パン屋さんにお送りし、パン屋さんからは
メッセージを貰う、というのは、わたしが決めた工程です。
記事にするとき、そこがとても重要に思えます。
ランキングはただの情報で、ベストパンに関して言えば、
多くあるパン屋さんのなかから個人のお気に入りを挙げたものの集合数が
順位付けされているだけなので、その順位の差にあまり意味はないと思う
のです。
でもその工程を踏む時に、パン屋さんは、わたしが感じる以上に、
読者の熱いコメントを喜んでくれます。貴重な機会だからです。
同様に、読者(お客さん)は、パン屋さんの生のメッセージを楽しみに
読んでくれていると思います。何よりわたしがそうだから。
そうやってベストパンの記事を毎年、書いています。
内容の対象となる人(パン屋さん)と、それを愉しむ人(読者)の声を
両方載せる特別な記事を、「All Aboutパン」らしい、と思います。
ベストパンの企画に参加してくださった皆さま、ご協力くださったパン屋さん
の皆さま、今年も、有り難うございました。
最近のその他の記事など